本研究所は、「がんに関する学理及びその応用の研究」を主たる目的として、1967年にがん研究所として設立されました。以来、がんの基礎研究とその臨床応用を通して、幅広いがん研究の最先端領域での研究を深化させ、卓越した研究力と創造性を備えた研究者を養成することに尽力しています。特に、「がん幹細胞」と「がん微小環境」に焦点を当てて、転移・薬剤耐性の制御を目指す研究を進め、その研究成果を臨床へ応用することに努めています。2011年には、転移・薬剤耐性に代表される「がんの悪性進展過程」の制御という研究所の使命を明確化するために、「がん進展制御研究所」へと名称を変更しました。2023年からは、共同利用・共同研究システム形成事業「学際領域展開ハブ形成プログラム」による支援を受け、「健康寿命の延伸に向けた集合知プラットフォームの形成」プロジェクトを開始し、学際研究領域「健康寿命科学」の中核的研究拠点として、研究成果を社会実装につなげる活動に取り組んでいます。
乳がんの再発には、抗がん剤による術前全身治療に治療抵抗性を示すがん細胞の残存が関係しています。本研究所研究グループは、悪性度の高い乳がん組織内に潜んでいる、最も治療抵抗性の高いがん幹細胞亜集団を発見し、「祖先がん幹細胞」と名づけました(J Clin Invest, 133(22), e166666, 2023)。この細胞は、細胞膜タンパク質FXYD3を強く発現していることが特徴であり、FYXD3はNaイオンを細胞外へ排出しKイオンを細胞内へ取り込むNa-Kポンプを細胞膜上で保護する役割を担っています。Na-Kポンプの阻害剤で心不全の治療薬として臨床で使用されている強心配糖体を投与すると、祖先がん幹細胞の治療抵抗性が弱まって、抗がん剤で死滅することがわかりました。これらの結果から、術前全身治療の際に強心配糖体を追加投与することによって、悪性度の高い乳がんの再発を予防できる可能性が示されました。
がんは、日本人の死亡原因の1位であり、国民の約3分の1がこの病で命を落としています。特に、遠隔臓器への転移や薬剤耐性による再発に代表される「がんの悪性進展」が、患者の生存率の低下と深く関係しています。そのため、これらを制御することが、がん治療における重要な課題として認識されています。本研究所では、悪性進展に焦点を当てた基礎研究の成果を基に、創薬や臨床試験を含むトランスレーショナルリサーチを推進し、研究成果を社会に還元することを目指しています。さらに、最先端の研究を市民に紹介する公開講座や高校生を対象とする「がん研究早期体験プログラム」の開催を通して、がんに関する正しい知識を伝えるがん教育と将来のがん研究を担う人材育成にも力を入れています。今後も、新たな研究シーズの発掘や産学連携を通じた社会実装の推進など一連の活動を加速化させ、国民の健康維持・増進や福祉の向上に寄与したいと考えています。
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