本研究所は、八木・宇田アンテナやマグネトロンなど、1930年前後の本学工学部電気工学科における電気通信の先駆的研究の高まりを背景に、1935年、附属電気通信研究所として設置されました。迅速なシステム実現・社会実装に向けた研究体制の強化とコミュニケーションの未来を見据えた改組を2023 年4月に実施し、20余の研究分野から構成され20年のホライズンの研究を行う3研究部門、10年のホライズンで活動する 2研究施設、5年のホライズンを特化して行う研究開発センターの3体制を整えております。2024年度には学際融合研究を実施する研究センターが新たに活動を開始します。本研究所は、情報通信分野唯一の共同利用・共同研究拠点として研究者コミュニティに開かれた共同研究を推進し、国内外の研究者と連携して「人間性豊かなコミュニケーションを実現する総合的科学技術」の研究を行い、先導的役割を果してまいります。
Beyond 5G(B5G)時代においては非居住地域や上空、海上等を含むあらゆる領域でB5Gの利用ニーズが高まると想定されます。そのため、地上系ネットワークと衛星等を活用した宇宙ネットワーク(宇宙NW)をシームレスに接続し、航空機、船舶等の移動体への通信にも展開可能なシステムを実現することを目指し、2030年頃のBeyond 5Gを支える宇宙ネットワークの構築に必要な要素技術として、未利用周波数帯であるミリ波帯のQ帯、V帯等における高機能ディジタルビームフォーミング(DBF)送受信技術、及び、さらに高い周波数帯であるW帯における衛星搭載機器の実現に向けた基盤技術の研究開発を推進しています。
B5G/6Gにおいては、陸海空を網羅し、地上系と階層的な構造を構築できるNon-Terrestrial Network (NTN) が注目されています。なかでも、スターリンクに代表される低軌道(LEO)コンステレーションは、衛星系にあって大容量・低遅延特性が得やすい。しかし、既に、グローバルサービスがKu帯、Ka帯の周波数帯で開始されているため、新しい周波数帯であるQ/V帯(40/50GHz帯)の開拓が急務となっています。本研究では、産学連携体制で、新しいQ/V帯を使ったLEOコンステレーション衛星通信システムの検討、提案を行っています。Q/V帯の具体的な周波数帯は地上系のB5Gシステムとの共存を想定して案を策定しており、今後、国際電気通信連合無線通信部門(ITU-R)などでの活動を通じて、国際的な周波数権益の確保を目指しています。
フルディジタルDBFアンテナでは、各アンテナ素子毎に独立した送受信機が必要となります。また、ミリ波帯のQ/V帯のDBFアンテナでは、1/2波長程度必要とされるアンテナ素子間隔が4mm弱となるため、送受信機、特に、アンテナ直下のミリ波のアナログフロントエンド回路の小型化が必須となっています。本研究では、送信系においては、ディジタル-アナログ変換器(DAC)の出力信号に含まれる高次イメージ成分を強調する手法を考案し、ナイキスト周波数を超えるミリ波帯の高周波信号をディジタル信号から直接生成することに成功しました。さらに、100GbE用QSFPモジュールで4素子分のディジタル信号伝送を行い、DBFアンテナとしての動作を検証するための、20GHz帯スケールモデル試作にも成功しています。受信系においても、ミリ波帯の高周波信号を、直接、高次アンダーサンプリングすることができるサンプルアンドホールド(S/H) ICの試作に成功しました。
本研究では、ノンコリニア反強磁性体のカイラルスピン構造を対称性の観点から記述する物理量である磁気八極子モーメントが、同じく強磁性体のスピン構造を記述する磁気モーメントとは、スピントルクに対する応答の仕方において決定的に異なっていることを明らかにしました。
これまでに原理実証が行われたスピントロニクス確率論的コンピューティングでは再帰型(双方向型)のニューラルネットワークのアルゴリズムが用いられていたのに対して、本研究では現代の多くのAIで用いられている順伝播型(順方向型)ニューラルネットワークを用いたコンピューティングを行えることを実証しました。これを用い、ベイジアンネットワークの原理実証を行いました。スピントロニクス確率論的コンピュータは汎用型コンピュータが低消費電力で高速に解くことを苦手とする確率的アルゴリズムを用いた計算を高速かつ省エネで扱えることが期待されていますが、大きな市場を獲得しているAI計算に適用するためには、これまでは計算モデルの観点で不整合がありました。本研究はこの不整合を解消する技術を開発したものです。
新たな検出原理「プラズモニック三次元整流効果」が発現することを発見し、それによって従来性能を一桁以上上回る電流検出感度を得ることに成功しました。さらに、高速伝送系とのインピーダンス整合が可能になり、高速変調信号の多重反射による波形歪みの問題を劇的に解消できる効果が得られることを実証しました。これらは次世代6G&7G超高速無線通信の実現への道を拓く画期的な成果です。
新しい概念の「鍵変換」により暗号化した情報を物理的な攻撃的な攻撃から守る手法として、これまでの10分の1以下の対策コストで長期間の安全性を維持できる手法を開発しました。その安全性を数学的にも証明しており、様々な用途の暗号モジュールの長期的な安全性を低コストで実現できます。本技術は、暗号鍵の再生成および切り替えを行う「リキーイング(鍵変換)」と呼ばれる技術の新手法で、攻撃に対して100%安全な構成要素が無い状況であっても、安全のかなめである暗号鍵を適切に交換すれば現実的に十分な安全性を有する暗号モジュールを実現できることを明らかにしています。適用範囲が広く、様々な暗号モジュールの物理攻撃耐性(物理安全性)を高めることができます。 これまで攻撃への対策は特殊な回路技術を付加するなど非常に大きなコスト(速度低下や消費電力増加)を伴うものが大半でしたが、本手法は,軽量な対策を施した暗号モジュールであっても攻撃への耐用期間を現実的な条件・環境下で指数関数的に延長できるため、性能と物理安全性の両立をこれまでより数万倍以上効率的に実現する可能性を有します。
本研究所では、現在国際標準化候補となっている耐量子計算機暗号の実装安全性に関する探求を進めており、特にNIST標準方式に選定されたCRYSTALS-Kyberを中心とした格子暗号方式の実装安全性に関する重要な成果を得ました。現在耐量子計算機暗号の実装安全性は世界的に研究開発が活発化しており、その中で世界最高効率で全鍵を復元できる攻撃の発見は世界的に大きな学術的意義があります。世界的に関心が高まっている耐量子計算機暗号は次世代暗号方式に関して、米国はNISTを中心に策定した標準方式を2025年から順次政府系機器に組み込むことを表明しており、2030年までに移行することを表明しています。そのような中で標準方式の第1号として認定されたCRYSTALS-Kyberに対して最も強力な攻撃の存在を発見した社会的・文化的意義は非常に大きいです。
NTTとドイツ・ルール大学ボーフム(RUB)のCyber Security in the Age of Large-Scale Adversaries (CASA) と共同で、同攻撃を防ぐための暗号技術SCARFを開発しました。これは、これまでにないセキュリティモデルに基づく暗号であり、かつブロック長が10ビットと極めて短い独創的な暗号です。それに係る設計上の困難も多く存在したが、それを克服し、応用特化型暗号の設計におけるケーススタディと成功例を提示できたことは暗号学上極めて意義深い成果と言えます。
本研究所で取り組んでいるstochastic computingに基づき、simulated annealing(SA)の高速化を達成しました。従来のSAと比べて1,000倍以上の高速化に成功するなど、従来までの取り扱う問題サイズの大幅な増大への可能性を示しました。simulated annealing(SA)は,現在のコンピュータが不得意な組合せ最適化問題(NP-complete問題)を解ける解法です。しかし、従来までは小規模な問題でも収束ができなくなってしまうなど、実用面で問題がありました。本研究では、従来方法の収束速度を1000倍以上高速化できるなど、従来までの問題点を解決できるポテンシャルを有します。また近年では、D-waveマシンなど特殊デバイスを用いた組合せ最適化問題の解法を示していますが、D-waveマシンに匹敵する性能を完全CMOS回路で実現できるため、その社会的インパクトは極めて高いと言えます。
確率ビット(pビット)によるコンピュータは、現在主流の決定論的計算を行うコンピュータ(古典的コンピュータと呼ばれている)と比較して大幅な省エネルギー化が期待されている一方で、その計算を並列に動作させると、特に大規模問題の求解において正答率が大幅に低下するという問題がありました。これまで、この問題の原因が特定出来なかったため、pビットによる確率論的コンピュータの応用先は限定的でした。本研究所では、このたび計算機シミュレーションにより、pビット同士の相互干渉が問題であることを特定しました。さらに、pビットを部分的に働かせなくすることで、相互干渉問題を効率的に防ぐ新しい計算アルゴリズムを開発しました。その結果、確率論的コンピュータの正答率を大幅に向上させるだけでなく、並列処理による高速化も同時に達成することができました。今後、次世代の省エネルギーデバイスとして期待されるpビットに基づく確率論的コンピュータにおいて、機械学習やデータサイエンスの分野で新たな展開をもたらし得るものと期待されます。
リザバーコンピューティングと呼ばれる機械学習の新しい枠組みを用いて、ラットの大脳皮質神経細胞で構成した「人工培養脳」の計算能力を解析するための一連の実験を成功させました。本実験では、培養された神経細胞ネットワークの多細胞応答を光遺伝学と蛍光カルシウムイメージングを用いて記録し、リザバーコンピューティングを使用してその計算能力を解析しました。実験の結果、「人工培養脳」は数百ミリ秒程度の短期記憶を持ち、これを利用して時系列データの分類が可能であることが示されました。さらに興味深いことに、一つのデータセットで訓練されたネットワークには、同じカテゴリーの別のデータセットを分類することができたため、「人工培養脳」がリザバーコンピューティングの性能を向上させるための汎化フィルターとして機能することが明らかになりました。この研究結果は、生きた細胞が作る神経ネットワーク内部の情報処理に関するメカニズム理解を進展させるとともに、「人工培養脳」に基づく物理的なリザバー計算機の実現可能性を広げることが期待されます。
哺乳類の大脳皮質においては、複数の神経細胞が同期して活動する状態と細胞がそれぞれ個別に発火する状態の均衡が保たれています。このような発火状態は、他の領域から受け取る信号と大脳皮質のネットワークの構造の相互関係によって制御されていると考えられますが、これを系統的に検証するための有効な実験系が存在しませんでした。本研究では、微細加工したガラス基板上でラット大脳皮質の神経細胞を培養し、このような現象を調べるための独自の実験系を構築しました。そして、哺乳類の大脳皮質で見られる「モジュール性」という特徴を強く持った培養神経回路ほど外部入力に対する感受性が強くなり、培養神経回路特有の過剰な同期が崩されやすくなることを明らかにしました。さらに、一連の実験結果を説明するシミュレーションモデルを構築し、入力を常時受けることによってシナプス伝達で放出される神経伝達物質が減少することが鍵になっていることを突き止めました。この研究は生物が進化の過程で保存してきた回路構造の機能的意義を明らかにするものであり、その特徴を工学的に活用した新しい医工学デバイスや人工ニューラルネットワークモデルの提案などへとつながることが期待されます。
平成30年度概算要求概算要求「で認められ設置されたヨッタインフォマティクス研究センターは,文理の知を連携し、情報の「質」から「価値」を判断する情報学を開拓することで、超巨大化を続ける情報の価値を自在に引き出し利用する技術開発を推進し、Socirty5.0の情報基盤を支えることを目的として設立されました。そして、データ科学と様々な分野(生命科学、経済学、考古学、心理学、災害科学、生物学、言語学、人文学等)を掛け合わせた情報の価値研究やシステム実装へ向けたハード技術研究を推進し、大きな成果を収めました。具体的な成果は、well being・幸福な生活に向けた研究、地域に寄り添うデータ科学研究、オープンサイエンスに向けたデータベース研究、新規の社会的価値創出、等、多岐に及びます。その結果,価値研究加速化の必然性が浮き彫りになり、令和6年度概算要求が認められ、令和6年度から総合知インフォマティクス研究センターが新設され,活動をさらに発展的に展開することになりました。
人間性豊かなコミュニケーションを実現するための重要な鍵の1つは、我々の日常の対人コミュニケーションで重要な役割を担っている「非言語情報」の機微を適切に伝送することができる「非言語情報通信」を実現することです。そのためには、心理学等を基礎とした非言語情報の研究やVR/AR/MR・ユーザインタフェース技術の研究に加えて、AI、通信・ネットワークやセキュリティの基盤・応用研究を包括的に推し進める必要があります。これらを踏まえ、これまで所内で研究開発を推進してきたICTの要素技術を発展させる研究を継続して発展させるため、学内外・国内外の幅広い知見を結集する学際融合による「非言語情報通信」の研究開発を加速的に進めて成果の確実な社会実装を図るためのサイバー&リアルICT学際融合研究センターを令和5年4月に新設する概算要求が認められ、研究に取り組み始めました。令和5年度の研究成果は,無限に広がるバーチャルリアリティ空間を狭い部屋で歩き回れる新技術,音知覚と体性感覚の相互作用によるRedirectionの研究、本学流体科学研究所との共同研究の成果として、水流を観測データから深層強化学習で再現などがあります。
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