化学生命科学研究所は、1939年2月に東京工業大学・資源化学研究所として設置され、その後、本学の組織改革により2024年10月より東京科学大学・総合研究院・化学生命科学研究所となりました。
本研究所では、「分子を基盤とする化学および生命科学に関する基礎から応用までの研究の深化、発展を通じて、新しい学理の創成と次世代科学技術の創出を実現し、人類の高度な文明の進化と、より豊かで持続的な社会の具現化に貢献する」というミッションを掲げています。さらなる発展を目指して、所内の研究グループを5つの領域(分子創成化学領域・分子組織化学領域・分子機能化学領域・分子生命化学領域・分子先駆化学領域)に再編しました。
今後も、「化学」を基盤とした新たなサイエンス、それに根ざした応用研究を展開していきます。
光合成微生物であるシアノバクテリアはCO2を固定しつつ炭素化合物を合成するため、カーボンニュートラルな次世代の有用物質生産ホストとして期待されています。シアノバクテリアの集光アンテナ複合体フィコビリソームに含まれるビリンの代謝を改変し精密にコントロールすることで、フィコビリソームの性質を改変することに成功しました。本研究は、シアノバクテリアの環境適応能や細胞機能の進化の解明に貢献できるだけでなく、地球に降り注ぐ光エネルギーを余すことなく利用するための高性能な集光システムの開発にも貢献できる画期的な成果です。
高分子合成における光重合効率を格段に向上させる新たな手法を開発しました。本研究で開発した手法は、光を一方向に移動させながら照射し光重合を進行させることで、重合過程における分子の拡散および流動場を発生させるものです。従来の静止光による光重合と比較して、重合完了に必要な露光エネルギーを最大で90%削減することに成功しました。さらに、動く光により合成した高分子の分子量は静止光を用いた場合よりも20倍も増大することを明らかにしました。本手法は、実社会で広く用いられている多彩な高分子の合成にも適用でき、非常に汎用性に優れた手法です。光重合は高分子の合成に留まらず、自動車や電気機器のコーティング、パッケージの印刷など多岐にわたる分野で利用されています。製造工程のエネルギーおよびコスト効率を大きく改善することが期待できます。
さまざまな分子ユニットやポリマーを二次元構造へ集合化させる超分子足場を用いたアプローチにより、ペンタセンユニットが二次元集積化した有機薄膜を作製し、集合構造においてペンタセンが高速な一重項分裂と、それに続く高効率なフリー三重項生成の両方を発現することを見いだしました。一重項分裂は、一つの励起一重項状態から二つの励起三重項状態が生成される現象であり、原理的に一つの光子から二つの励起子を形成できるため、薄膜太陽電池や光電子デバイスの性能向上の観点からも大きな注目を集めています。固体状態で効率的な一重項分裂を発現させるためには、クロモフォア同士が互いに近接しながらも、その周囲に一重項分裂の過程で生じるクロモフォアのコンフォメーション変化を許容する空間を確保する空間設計が必要です。しかし、そのような集合構造を実現するための合理的な方法論は確立されていませんでした。本研究では、三脚型トリプチセン超分子足場を用いたアプローチにより、効率的な一重項分裂の発現に求められるクロモフォア同士の「近接」とその周囲への「空間の確保」という二つの条件を同時に満たす配置へとペンタセンを二次元集積化させることに成功しました。このアプローチにより、クロモフォアの光電子機能を引き出す二元分子集合体の設計が可能となり、次世代エネルギーデバイスの開発に向けた応用が期待されます。
市販の抗体と混ぜるだけでさまざまな抗原を迅速かつ高感度に検出できるOpenGUSプローブの開発に成功しました。プロテインA由来の抗体結合ドメインとβ-グルクロニダーゼ(GUS)由来の酵素スイッチを組み合わせることで、抗体の改変や修飾といった最適化に時間の要する手法や工程なしにホモジニアスに抗原を検出できる測定素子として、OpenGUSプローブを開発しました。このOpenGUSプローブは抗体を取り換えることで、日本スギ花粉のアレルゲンであるCry j 1や炎症マーカーであるヒトC反応性タンパク(hCRP)、ヒトラクトフェリン(hLF)を高感度に検出できました。このように、この免疫測定法は標的分子に応じて柔軟にカスタマイズできるという特長をもっているため、臨床検査や環境調査、食品分析など、幅広い分野での応用が期待されます。本研究で開発したOpen GUSプローブを用いることで、迅速・高感度・低コストなホモジニアスな免疫測定を行うことができます。本手法を発展させた免疫測定キットがONEPot Immunoassay Kit <OpenGUS Method>としてフナコシ株式会社より販売されており、臨床検査や環境調査におけるハイスループット検出やオンサイト検出など簡便な操作で迅速に検査結果が要求される場面での活躍が期待されます。
外面を複数の単糖で修飾した“一方向巻き”のらせん型カプセルを作製しました。このカプセルはキラル性能を持たない色素分子を内包することで、色素に由来する高強度なキラル蛍光物性を発現しました。また同様の方法で、球状フラーレンの高強度なキラル物性の誘起にも成功しました。すなわち、過去最高レベルの優れたキラル伝達機能を有するらせん型カプセルを開発しました。らせんはDNAなどに見られる重要な生体構造です。らせん構造の人工的な模倣は数多く報告されていますが、右または左巻きの制御は困難で、そのためには骨格内にキラル部位を導入する必要があります。また、得られた合成らせん構造の内部空間の利用法はほぼ未開発でした。本研究では、芳香環骨格からなる4重らせん型カプセルの外面を複数のキラルな単糖のD-グルコースで修飾することで、左巻きに制御された分子カプセルを合成しました。鏡像異性体のL-グルコースにより修飾にすると、右巻きのカプセルが得られます。これらのカプセルには、キラル性能を持たない高蛍光性の色素分子や高対称的な球状フラーレンが効率良く内包されました。注目すべきは、内包された色素から高強度なキラル蛍光物性が観測されたことです。その物性は、分子空間を活用した過去の例と比較して、ほぼ最高値(異方性因子|glum| = 0.016)です。また、内包されたフラーレンのキラル物性は溶液および固体状態で高く、溶液系の過去最高値(異方性因子|gabs|= 0.010)を示しました。今後は、外面をキラル修飾した種々のらせん型カプセルを活用することで、水中での高精密なキラルセンシングや高活性な不斉反応への応用が期待できます。
ニワトリのヒナの刷込み記憶の維持には、大脳皮質視覚野にあたる領域で分泌されるオステオクリンがNPR3受容体にはたらき、神経細胞の突起数を抑えることが重要であることを明らかにしました。オステオクリンは幼少期の記憶の維持に重要なペプチドの1つであり、記憶に必要な神経回路中の余分な神経どうしのつながりを排除して、神経回路のブラッシュアップにはたらいていると考えられます。今後、オステオクリン発現細胞について情報の入力経路と出力経路を明らかにして、刷込み図形の記憶に必要な神経経路の中でのオステオクリンの役割を明確にする必要があります。今後、ヒトも含めた霊長類におけるオステオクリンの役割の解明にも役立つことが期待されます。
抗原を混ぜるだけで発光色が青から赤へ変化する頑強な生物発光免疫センサーBRET nano Q-bodyの開発に成功しました。本研究で開発した免疫センサーは、抗体の中でも特に頑強性に優れたナノボディを活用することで、熱や変性などの条件下でも安定的に機能します。また光の散乱や自家蛍光による影響が蛍光よりも小さい生物発光を利用しているため、牛乳や血液といった不透明な懸濁液を希釈せずに標的分子を検出できます。さらに、この免疫センサーをろ紙に染み込ませたあと、凍結乾燥により紙デバイスに加工したところ、室温で1カ月放置したあとでも抗原を検出可能であることが確認できました。この免疫センサーの生物発光シグナルは、肉眼やスマートフォンなどでも確認できるため、ベッドサイドだけでなく、野外や家などでの「その場」分析にも大きく貢献することが期待されます。
タンパク質の材料であるペプチドのβシート構造を4本鎖の形状へ人工的に集合させることに初めて成功しました。βシート構造はペプチドの代表的な2次構造の一つであり、人工合成する試みがこれまで行われてきたものの、βシート構造の構成要素となるペプチド同士は無秩序に凝集する性質が強いために、分子制御された構造として人工的に合成することは困難でした。今回新たに、βシートの側面に金属イオンとの結合サイトを加え、金属イオンによる自己組織化を利用することで、4本鎖のβシート構造の精密合成が可能になりました。その設計として、2本のペプチドを金属イオンで連結してできるリング構造を互いにインターロックさせる独自のアプローチを考案しました。この設計により、βシート構造をとるペプチド鎖の本数のみならず、各鎖の配向およびずれも精密に制御されることを解明しました。本研究成果を基に、精密なβシート構造をより効率的に合成する技術が進展することで、機能性ペプチド材料の開発が加速することが期待されます。また、構成要素が明確な分子構造をもつことで、さまざまな機能発現に関する複雑な分子メカニズムを考察するうえで役立つものと考えられます。
ナノインプリントリソグラフィ(NIL)は、半導体における次世代リソグラフィ技術の一つとして期待されています。特にUV-NILは実用的な量産技術として導入実績があります。本研究では、シリコンフォトニクスプロセスに合わせたNIL用の光硬化性樹脂の開発を行いました。さらに、SmartNIL®技術に基づいたロールオンプロセスの最適化を実施し、従来の90 nm CMOS プロセスラインや電子線描画を用いて作られた光導波路と同程度の性能を得ることに成功しました。今回開発したシリコンフォトニクスプロセスでは、UV-NILの大面積転写性や高スループット性を大いに活かすことができ、かつコストの観点からも優位性があると考えられます。本技術は、シリコンフォトニクス関連のデバイス開発と産業応用を推進する上での一助となり、光電融合も見据えたシリコンフォトニクス分野拡大に貢献できると考えられます。
アデノ随伴ウイルスベクター(AAV)は、遺伝子治療用ベクターとして臨床応用されていますが、AAVに対する中和抗体を有する患者では、十分な遺伝子導入効率が得られないことが知られていて、投与可能な患者および複数回の投与が制限されています。研究チームはワイン等に含まれる天然由来成分のタンニン酸が生体分子と簡単に接着する性質に着目して、フェニルボロン酸からなる精密合成高分子と組み合わせることで新規AAV搭載ナノマシンを開発しました。このAAV搭載ナノマシンは、AAV中和抗体存在下においても十分な遺伝子導入活性を示し、また、AAVの肝臓への集積を抑制することでAAV9による肝毒性マーカーの上昇を抑制できることも実証しました。一方、このAAV搭載ナノマシンは中枢神経系への遺伝子導入に関してAAV単体と同等の効率を示しており、十分な遺伝子治療効果が期待できます。
全固体電池の固体電解質などで重要となるイオンの協同運動を考慮したイオン伝導度を、従来の平衡分子動力学法(平衡MD法)シミュレーションに比べて100倍高速に計算できる「非平衡MD法」を開発しました。本手法では、非平衡熱力学の理論に基づき、電解質内にイオンの協同運動効果を考慮した一定のイオンの流れを駆動することで、イオンの移動プロセスを数多く発生させ、その結果として、従来の手法に比べ短時間で十分な統計精度を持つイオン伝導度計算が可能となりました。
本研究では、イオンの流れを一定に制御する定電流方式を取り入れた非平衡MD計算手法を新たに開発することで、この計算コストの壁を打破し、協同運動効果を考慮した高精度計算の高速実行に成功しました。本手法により得られるイオンの協同運動効果を考慮した定量的なイオン伝導度は、固体電解質材料のスクリーニング精度を格段に向上させるため、材料探索を大きく加速し、全固体電池の実用化に貢献すると期待されます。さらに今後のイオン伝導度に関する基礎学理の発展にもつながります。
藻類(微細藻類)細胞内でのデンプン分解を調節する分子レベルの仕組みを解明し、デンプン蓄積量を向上させることに成功しました。今回の研究では、デンプン分解に関与するGWDタンパク質の特定のアミノ酸残基のリン酸化状態の変化が、デンプン分解のスイッチになることを発見しました。さらにこの仕組みを応用し、デンプン分解を抑制することで、デンプン蓄積量が約1.6倍に向上することを確認しました。デンプンはバイオエタノールなどの原料となる有用なバイオマスです。本研究で明らかになった仕組みを活用して、藻類のデンプン蓄積量を向上させることは、バイオ燃料の増産に直結します。これにより、環境負荷の少ない燃料生産が可能となり、環境問題の解決に貢献することが期待されます。
共同研究拠点事業を通じて、災害やパンデミックなどの緊急事態に迅速に対応し地域の連携と研究教育力の向上と持続に努めています。ホームページに「最新の研究」欄を設けており、毎月、各研究室の最先端の研究を解説した Web ジャーナルとして、社会に広く公開しています。大学広報を通じて国内外へのプレスリリースや記者セミナーの開催などを行い積極的に優れた成果の発信を行なっています。また、海外も含め幅広い分野の研究者のセミナーを実施し、国内外の研究者との情報交換および情報発信を行っています。2016年より研究院公開、大学祭では研究室公開を行い、一般の見学者に対して実施している研究を分かりやすく実演・体験する機会も設け、最先端の成果を紹介しています。
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