高いエネルギー密度を持つ光を、物質に照射すると何が起きるか――。これは、宇宙の諸現象や核融合などの先進技術とも関係する問題で、これまでにもさまざまな研究がなされてきた。
こうした強い光は、物質を直ちに電離してプラズマにしたのちに、その圧力で物質を後方に押し込みながら進んでいく。このとき、プラズマは光からエネルギーを受け取り、強い加速や加熱が起こることが知られてきた。そうしたなか、大阪大学レーザー科学研究所の岩田夏弥准教授は、従来の予測に反して、強い光を長い時間照射すると、プラズマ状態の物質が光を押し戻すことを理論的に明らかにした。そのメカニズムや意味を、岩田准教授に聞いた。
宇宙に見えている物質の99%はプラズマ状態にある。宇宙空間はプラズマで満たされ、衝撃波やオーロラなど多様な構造が作られている。太陽などの星も高密度・高温度のプラズマ状態にあり、内部では核融合反応によって膨大なエネルギーが生み出されている。
「プラズマ」とは、物質が電子とイオンに電離した状態を指し、固体・液体・気体に次ぐ、”物質の第4の状態”とも呼ばれる。ばらばらに電離しているのに、大規模な集団現象を引き起こす性質がある。プラズマの物理は、宇宙や自然を理解し、さらには技術応用へと繋げるために、長く研究が続けられている。
地上でプラズマを生成する方法の一つとして、レーザーを使って強い光を物質に照射する方法がある。レーザー光の強さを高めることによって、高密度・高温度のプラズマを作り出し、その性質を調べる研究が「高エネルギー密度科学」として展開されている。大阪大学レーザー科学研究所は世界的な研究拠点の一つである。
レーザー光を使えば、固体を一瞬のうちに1億度の温度をもつプラズマにすることができる。ただし、このプラズマ生成を制御するのは容易ではない。そもそも、光がどのようにプラズマを加熱していくのか、十分な理解は得られていない。それゆえに強い光とプラズマがどのように作用しているのか、そのメカニズムを解明することが求められてきた。
岩田夏弥准教授は、このメカニズムに興味を持ち、その際に何が起こっているのかを解明するべく研究を続けてきた。その研究の手法は「理論・シミュレーション」と呼ばれるもので、コンピュータを活用しながら行われる。実験で観測することが困難な現象をモデル化し、シミュレーション計算によって何が起きているかを探るのである。
物質に強い光が照射されると何が起きるのか。まずは、これまで分かっていたことを説明する。ちなみに「強い光」とは、「エネルギー密度(=単位体積あたりのエネルギー)」が大きい光のことであり、それはすなわち「圧力の高い光」を意味する(本稿における「レーザー」は、この強い光を生み出すための装置である)。ここでは圧力が10億気圧を超える光を「強い光」と呼ぶこととする。
レーザーの光は近赤外線であり、光子1つが持つエネルギーは小さい。この光子が1立方センチメートルあたりおよそ1027個の密度で集まることによって、高いエネルギー密度が生み出されている。
強い光を照射された物質は、直ちにプラズマになる。そして表面の電子だけが、光に叩きだされるように飛び出てくる。その結果、プラズマの表面付近に電場が生じ、その作用でイオンは後方に移動し、表面に穴が開いたような状態になるという(下図(b))。そのまま強い光を照射し続けると、プラズマは加熱され、圧力が上がる。すると、光による押し込みが徐々に緩やかになっていく。それが、これまで分かっていたことだ。
ただしこれは、たかだか100フェムト秒(フェムトは10のマイナス15乗)、すなわち、10兆分の1秒ほどの間の現象である。レーザーの技術的な制約で、これ以上長い時間強い光を照射し続けることができず、それより長く照射したらどうなるかについては推測するしかなかった。
しかし2010年代になり、数ピコ秒(ピコは10のマイナス12乗)、すなわち、1兆分の1秒を超える”長時間”にわたる照射が可能なレーザーが誕生し、大阪大学でも実験が可能になった。そして実際に実験を行うと、思わぬことが明らかになった。岩田准教授は言う。
「長時間照射を続ければ、押し込みは緩やかになるものの、押し込みが止まることはないと考えられていました。しかし、実際にピコ秒単位の時間にわたってレーザーを照射し続けると、意外な結果が得られました。飛び出してくる電子のエネルギーが、途中から急に大きくなったのです。どうも、ピコ秒単位の照射を続けると、起きる現象が変化するようでした。そのことに私も興味を持ち、背景を解明したいと思うようになりました」
ちなみに、物質にレーザーを照射したときに観測できるのは、通常、飛び出てくる粒子のエネルギーと個数、およびプラズマからの発光だけである。すなわち、強い光を照射した際に何が起きているのかも、直接観測できるわけではなく、飛び出てきた粒子のエネルギー等から推論しなければならないのである。
飛び出す電子のエネルギーが変化したことは何を意味するのか。それを知るために、岩田准教授の共同研究者がこの実験についてモデルを使ったシミュレーション(※)を行うと、意外な結果を得た。光の押し込みが止まり、逆にプラズマが光を押し戻すことが確認されたのだ。岩田准教授自身も、シミュレーションによって同様の結果を得た。
なぜこのようなことが起きるのか、そのメカニズムを考えることになった。
「シミュレーションの結果から見えてきたのは、ピコ秒単位の時間、光を照射し続けると、それまでは動くことがなかった重いイオンが動き始めることです。そして、表面近くのイオンと後方のイオンとがぐるぐると循環するように動き(下図(b))、その結果、表面のイオンの密度は変わらず、圧力が蓄積されていくのだと考えられました。そうしてやがて、プラズマの圧力が光の圧力よりも大きくなり、プラズマが光を押し戻すようになるのだろう、と。そしてプラズマが光の方に噴き出し、実験で観測されたような、エネルギーの高い電子が飛び出してくるのだと推測しました」
(※)この研究におけるシミュレーションは、いずれも、岩田准教授もメンバーである大阪大学の「非平衡輻射プラズマ理論グループ」で開発されたモデルで行われている。このモデルはすでに実績があり、信頼性が確かめられている。
岩田准教授らのグループはそう推測し、それを定量的に表すことを試みた。そしてたどり着いたのが次の式である。光による押し込みが止まるとき、すなわち、光とプラズマが接する面で圧力が釣り合うときの状態を定式化した。
3つの項は、左から順に、光の圧力、プラズマの圧力、電場の圧力を表す。右辺の「電場の圧力」とは、プラズマによって生じる電場が生み出す圧力である。電場は存在するだけでエネルギー密度、つまり圧力を持つからである。
この式から何が分かるのか。岩田准教授はこう説明する。
「プラズマの作る電場Eは、他の関係式によって、プラズマの表面密度によって表すことができます。つまりこの式は、光の押し込みが止まるときの、集光強度Iとプラズマの表面密度の関係を与えてくれます。ということは、集光強度Iを決めれば、この式から、光の押し込みが止まるときのプラズマの表面密度(=限界表面密度)が求められることになります」
限界表面密度は、シミュレーションによっても得られる値だ。すなわち、ある集光強度でシミュレーションを行えば、その時の限界表面密度を知ることができる。それが上の式で計算した限界表面密度と一致するかを見れば、この定式化が正しいかどうかを判断することができるというわけだ。
そして実際に複数の異なる集光強度において、シミュレーションで観測された限界表面密度と、上式から計算した限界表面密度が一致することが確かめられた。すなわち、この定式化は、実際に起きている現象を説明しているだろうことが検証されたのだ。
そのうえで、岩田准教授らは、この式をどう解釈するべきかを議論した。そしてたどり着いたのが、「プラズマの表面張力」という概念だった。
「この式は、電場の圧力が加わることで、プラズマの圧力と光の圧力とが釣り合うことを示しています。つまり、『電場がプラズマを支えている』状態です。とすれば、電場が”表面張力”として働いているという言い方が、適切だと考えました」
そうして岩田准教授らは、プラズマ状態の物質が光を押し戻すメカニズムを、「プラズマの表面張力」という新しい概念を用いることで理論的に明らかにしたのだ。この成果は2018年に発表されると、広く注目されるものとなった。
岩田准教授らは、この研究をさらに発展させた成果を2021年にも発表した。先の研究では、強い光をピコ秒単位の長時間にわたって物質に照射したときのプラズマの挙動を明らかにしたが、その際に、なぜエネルギーが、圧力の高い領域から低い領域へ、すなわち、光が照射されている領域の外側に向かって逃げないのか、という疑問が残った。今度はその点を理論的に解明した。
強い光を物質に照射し続けると、プラズマは、物質表面に凸凹構造の電磁場を作ることが知られている。その構造があるために、電子が物質の表と裏の間でランダムに動き(ランダムウォーク)、横方向(=光が照射されていない領域の方向)にはわずかずつしか逃げ出さない、つまり、エネルギーの散逸はゆっくりとしか進まないことを、先と同様に定式化とシミュレーション計算によって明らかにしたのだ。
この新しい成果を含め、岩田准教授らの一連の研究は、広く応用の可能性が開かれている。
その一つは、核融合技術である。核融合技術とは、太陽などの星のエネルギーを生み出している「核融合反応」を地上で起こし、エネルギー源等として利用する技術である。レーザーを使って核融合を起こすためには、高エネルギー密度のプラズマをつくることが必要で、岩田准教授らが研究の対象としている光とプラズマの相互作用は、まさに核融合をレーザーで駆動するときに起きる過程そのものだ。
一方、宇宙との関連も大きい。このような高エネルギー密度のプラズマの集団ダイナミクスは、太陽の中や、コンパクト天体の周りなどで生じている現象に関係していると考えられるからだ。そうした現象の理解にも、岩田准教授らの研究は今後寄与していくだろう。
そしてもう一つが、医療技術への応用である。強い光とプラズマが相互作用する際、イオンが短時間に短い距離で非常に大きく加速される「イオン加速」という現象が起きる。それがイオンビームとしてがんの治療などに利用できる可能性があり、研究が盛んに行われているのだ。
そのように各分野への応用が期待される中、岩田准教授自身は、この研究に新たな展開の可能性を見て、次なる目標を持ち始めている。
「私は、プラズマが粒子の集団として生じさせる現象に興味を持っています。特にいまは、プラズマ中の粒子のエネルギー分布(エネルギーの大きさごとに粒子が何個あるかを示す分布)を明らかにしたいと考えています。この分布の形がどう変化していくかを見ると、そこで起こっている集団現象の性質がわかります。例えば宇宙では、高エネルギーのプラズマ粒子が飛び交っていて、そのエネルギー分布の形は、粒子群の発生起源を表していると考えられています。いま調べている電子も、類似の分布を示す可能性があります」
1兆分の1秒ほどの”長時間”のレーザー照射によって生じる現象に、広大な宇宙の状態が重なるかもしれない――。とすれば何がわかるのか。今後の研究の行方が楽しみだ。
岩田准教授が物理学者を志した発端を聞くと、予想もしない言葉が返ってきた。
「私はもともとイルカがとても好きで、小学校のころはイルカのトレーナーになりたいと思っていました。中学時代に水族館に行って『イルカのトレーナーになるにはどうすればいいですか』と尋ねたところ、じっくり話を聞いてくれたうえで、『そんなにイルカが好きなら、イルカの研究をするのがいいのでは』と言われたんです」
その言葉をきっかけに、イルカの研究をするために物理か生物かのどちらかに進もうと考えて、大学では名古屋大学理学部に入学した。そして1年の時に物理学で波動方程式について学ぶなかで、式から出てくる答えが自然現象を表しているという面白さに惹かれ、物理学科への進学を決めた。イルカの研究を、という気持ちはそのころには薄くなっていたものの、波動方程式に惹かれたのは、そこに海とのつながりを感じたことも理由だったのだろうと振り返る。
学部の研究室は、「せっかく物理学科に来たのだから一度は素粒子の研究を体験してみたい」と素粒子理論の先生のところに進んだ。一方で、自分は、粒子が集まって起きる集団現象にも興味があると気が付いて、大学院からはプラズマの研究室に行くことにしたという。
「プラズマは、電離していて粒子が自由に動ける状態にあるのに、エネルギーを与えられると、自分で電場や磁場を作って集団現象を引き起こします。その面白さにいまもずっと惹かれています」
理論・シミュレーション研究は、コンピュータを利用しながら行うが、岩田准教授は、紙と鉛筆を使ってあれこれアイデアを練っている時間が、研究のなかでかなり長い時間を占めるという。プラズマの表面張力という概念にたどり着く際にも、みなで多くの議論を重ねたことを教えてくれた。
最後に、次の世代へのメッセージをお願いすると岩田准教授は思い出したようにこう言った。
「修士課程から博士課程に進むとき、就職する人が多いなかで、自分はこのまま研究の道を進んでいいのかなと迷う気持ちがありました。その時、先輩の一人がこう言ってくれたんです。『行けるところまで行ってみたらいいんじゃない?』。その言葉に背中を押されるようにしていまに至っているように思います」
自分が進みたいと思う道を行けるところまで行ってみる――。岩田准教授の場合、イルカが物理学へと導いたように、その道がどこに通じているかは分からない。ただ、その道を進んだ人にしか見えない景色が、きっとあるはずだ。
1972年に大阪大学工学部附属レーザー工学研究施設として発足して以来、レーザー技術の開発と応用で世界をリードし、さまざまなフォトニクス領域の開拓と学際的な基礎・応用研究を展開している。世界のユーザーの要望に応え100%オープンな施設としては、世界最大のパワーレーザー施設を有する。2004年にレーザーエネルギー学研究センターになるなど、度々の改組をへて、2017年からレーザー科学研究所に。現在、「光量子ビーム科学研究部門」「高エネルギー密度科学研究部門」「レーザー核融合科学研究部門」「理論・計算科学研究部門」の4つの分野が中心となって研究を進めている。
【取材・文:近藤雄生 撮影:吉田亮人】