現在、電子顕微鏡は、原子が並ぶ様子を見ることができるほど高い分解能を持つようになった。だが、厚いものを見ることができないという弱点がある。そのため、電子線に比べて格段に透過力が高く、厚いものを見ることが可能なX線を利用して、ナノスケールの世界を観察・計測する方法が長く研究されている。
X線は、利用する上での難しさも多く、電子顕微鏡ほどの高い分解能はまだ実現されていない。その課題を克服するべく、東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センターの高橋幸生教授は、X線を用いた観察・計測の方法をさまざまに発展させてきた。X線による計測法はどこまで進んでいるのか。高橋教授の研究を追った。
電子顕微鏡を用いると、原子が並んでいる様子も見える。しかし、電子線は透過性が悪いため、厚いものを見ることができない。最も厚くても200nm(nはナノ、10の‐9乗)ほどが限界で、そのため、観察する試料を非常に薄くスライスする必要がある。つまり試料を壊さなければならないため、「ありのままを見ていると言えるのか」という懸念が常に付きまとう。
一方、X線は、人間の身体の中を撮影するレントゲン写真に使われていることでも分かるように、透過力が高い。そのため、電子に比べて格段に厚いものを見ることができる。ただ現状では、X線で電子線のように高い分解能でものを観察する方法は見つかってない。
電子顕微鏡で高い分解能での観察が可能なのは、電子線の二つの特徴によるという。高橋教授は次のように説明する。
「一つは、電子線は高いエネルギーを持ちうること、すなわち波長が短いことです。原理的に、波長の長さ以下のものは見ることができないため、波長が短いほど、細かいものが見えます。もう一つは、電子は磁場をかけると容易に進行方向を変えられるため、可視光の場合のレンズに相当するものを作れることです。つまり、適切な磁場をかけて電子の進行方向を変え、像を結ぶ位置を調整することで、高い分解能で対象を見ることができるのです」
一方X線は、電子線同様に高いエネルギーを持ち、さらに透過力もあるものの、進行方向を変えるのが難しい。それゆえ、電子顕微鏡のように像を結ばせることが困難なのだ。
その結果、現状、電子顕微鏡の分解能は、原子が見えるレベル、すなわち0.1nm程度にもなる一方で、X線顕微鏡の分解能は、最高でも15nm程度、実用レベルでは約50nmに留まっている。しかし原理的にはX線も、波長と同等のスケール、つまり0.1nm程度のものまでは見ることができるはずだ。そのうえX線であれば、電子顕微鏡では観察が難しい厚さのあるものを見ることができる。すなわち、X線による観察・計測の方法が発達すれば、私たちが見ることのできる世界が広がるのだ。
そうした意識のもと、高橋教授らが2005年に取り組み始めたのが、「平面波照明型コヒーレントX線回折イメージング」という手法の開発だ。
原理は顕微鏡とは大きく異なる。X線を試料に照射し、背後のスクリーンに到達したX線によって生じる「回折強度パターン」から、試料の像を再生するという方法である。ちなみに回折とは、波が障害物の背後などに回り込んで伝わる現象のことだ。
「X線を試料にあてると、試料そのものが回折格子(=回折を起こさせるもの)の役割を果たし、後方のスクリーン上に回折強度パターンがあらわれます。すなわち、X線は試料に当たることで進行方向が変化して、ある場所では強め合い、ある場所では弱め合う。その結果が回折のパターンとしてスクリーン上にあらわれます。そのため、そのパターンには試料自体についての情報が含まれているはずです。その情報に処理を施すことで、試料の像を再生しようというのがこの方法です」
この方法で重要なのは、“コヒーレントX線”と呼ばれる、位相の揃ったX線を使うことだ。位相が揃うと干渉性に優れるため、明瞭な回折強度パターンが得ることができる。
コヒーレントX線は、放射光施設が供給するX線ビームから、位相の揃ったものだけを取り出すことで得られる。高橋教授らが実験を行ってきた世界最高レベルの大型放射光施設SPring-8(兵庫県)は、国内で最もよい割合でコヒーレントX線が得られる放射光施設である。だがそれでも、コヒーレントX線はX線ビームの0.1%程度でしかない。高橋教授らは、それをできるだけ有効に使うべく、集光ミラーを使ってX線を集めるなどの工夫を重ねた。
その結果、直径100nm以下(つまり、厚さも100nm以下)のナノ粒子を2nmの分解能で見ることに成功した(電子顕微鏡で観察可能な最大の厚さは200nmほど)。2010年に論文発表したその分解能は世界記録となり、現在も破られていないという。
平面波照明型コヒーレントX線回折イメージングという方法によって、高橋教授は、X線による計測の新たな可能性を提示した。その一方で、この手法では、X線ビームサイズ(ビームの幅)よりも小さなナノ粒子しか、すなわち最大でも100nm程度のサイズのものしか見ることができないという限界もあった。
「その限界をなんとかしたいと、私は考えました。µm(µはマイクロ、nの1000倍)単位など、より大きなものを見たいというニーズが多いからです。そうして着目したのが、“X線タイコグラフィ”でした」
X線タイコグラフィは、2007年にイギリスとスイスの研究グループが実証した手法で、「走査型コヒーレントX線回折イメージング」ともいう。X線ビームを試料に当てて、その背後のスクリーンに生じる回折強度パターンから試料の情報を再現する。その点は平面波照明型コヒーレントX線回折イメージングと同じだが、その際に試料を動かし、より広い領域にX線を照射する(=走査する)のが特徴である。
高い分解能を出すには、極めて高い精度で走査することが求められるなど難しさもあるが、X線タイコグラフィは、近年、イメージングの分野において広く使われるようになっている。高橋教授らは、この方法を他の技術と組み合わせることで、これまでにない計測法を生み出すべく研究を進めていった。
その一つとして、近年開発を進めてきたのが「マルチスライスX線タイコグラフィ」だ。厚さも大きさもそれなりにある対象のナノ構造を、3次元で見るための独自の手法である。
「X線タイコグラフィによって、0.1mmを超える大きな試料の構造の解析はすでに可能になっていましたが、これまで解析が行われたのは、いずれも薄い試料でした。そこで私たちは、大きさ、厚さともに0.1mmを超える試料を、10nmの分解能で3次元解析する方法を確立しようと考えました」
着目したのは、X線が厚い試料の中を透過する際の挙動を、より正確に計算に組み込めないかということである。
「これまでは基本的に、『X線は厚い試料の中を透過する際には直進する』という仮定にもとづき、3次元像の計算が行われてきました。しかし実際には、X線は試料の中を透過しながら広がっています。それを考慮に入れようと考えました」
つまり、厚さのある試料を薄い層の重なりと考え、X線がその薄い層の間をどのように伝わっていくかをより正確に考慮する。そして、回折強度パターンから試料の像を再生する際に、その点を計算に取り入れるのである。
このようにして改良を重ねた結果、高橋教授らは大手メーカーのプロセッサを、かつてない方法で解析して見せた。プロセッサを厚さ約30㎛の平板状に加工し、マルチスライスX線タイコグラフィを行ったところ、その内部を31層の層状の構造として観測することができたのである。
「プロセッサは多層配線構造になっています。上方に太い配線があり、下に行くほど細くなります。そのような階層構造を見るためには、これまでは切り刻んで中を確認しなければなりませんでしたが、この方法では、X線が透過できる厚さまでは薄くする必要はあるものの、それ以上は壊すことなく、内部の状態を見ることができます」
この方法は、プロセッサなどの小さなデバイス内部の非破壊検査を可能にする。メーカーからの注目度は大きいとのことで、今後の発展と実用化が期待される。
髙橋教授らが開発している新たな手法は、マルチスライスX線タイコグラフィだけではない。複数の取り組みがあるなかで、いま最も注力しているのが、「タイコグラフィXAFS法」だという。物質の化学状態を調べることができる”XAFS(ザフス、X線吸収微細構造)法”を、X線タイコグラフィと組み合わせた方法である。
「元素は、種類ごとに特定波長のX線、つまり異なるエネルギーのX線を吸収します。また同じ元素であっても価数が異なると、X線の吸収のされ方が変わります。そのため、試料中の特定元素について調べたいとき、その元素が吸収するエネルギーのX線を照射すると、その化学状態が計測できます。それがXAFS法なのです。私たちは、この技術をX線タイコグラフィと組み合わせることで、とても高い分解能でXAFS法の計測を行うことを可能にしました」
この方法を利用して髙橋教授らが現在取り組んでいるのが、自動車の排ガスを浄化する触媒システムへの応用である。
このシステムにおいて、触媒となる物質(白金など)が機能するには、触媒が付着する「助触媒」の働きが重要だ。助触媒には、“セリウム・ジリコニウム複合酸化物微粒子”という物質が使われるが、それが酸素を吸収したり放出したりすることで、システム内の酸素濃度が一定に保たれているという。
酸素が助触媒を出入りするメカニズムを詳細に知ることできれば、よりよいシステムの研究開発へとつなげられる可能性がある。そのため高橋教授らは、酸素がどのように助触媒を出入りしているかを、タイコグラフィXAFS法によって可視化しようと考えたのである。
具体的には、ある瞬間の助触媒に対して複数の異なるエネルギーのX線を照射し、それぞれのエネルギーにおいてX線タイコグラフィを行った。すると、その瞬間において、助触媒のどの部分が酸素を吸収または放出しているか、さらにその酸素の価数がいくつなのか(3価か4価か)を、とても高い分解能で可視化することができた。ここまで高い分解能で、助触媒内の酸素の挙動が観察されたことはこれまでになかったという。
さらに高橋教授らは、助触媒内で起きていることをより詳しく知るために、3次元の像としての表現も試みた。その結果、助触媒内部での酸素の複雑な挙動をとても微細に観察することに成功した。加えて、機械学習の技術を用いて、助触媒の中を酸素が伝播する様子も予測することができた。
「助触媒で起きている変化を知ることは、より効率のよいシステムを開発するのに役立ちます。そのように、物質内で起きる化学的な変化を高い分解能で明らかにするタイコグラフィXAFS法は、様々な分野への応用が可能だと考えられます。私はいまは、蓄電池の電極で起きている変化を同様の手法で計測・観察する方法の開発にも着手しています」
現在、東北大学青葉山新キャンパスでは、「次世代放射光施設」の建設が進んでいる。この施設では、SPring-8よりも強度の大きいX線が得られるようになる予定だ。この施設を使えば、高橋教授らの方法による触媒や電池に関する計測や解析も、現状よりも格段に短い時間で行えるようになるという。
「こうした計測や解析を、新しい施設を使ってどんどんやっていってほしいという声をよくいただきます。X線による新しい計測法が、社会的にとても求められているものであり、かつさまざまな発展の可能性があることを感じています」
高橋教授は、東北大学工学部で学んでいたころから、光学現象や計測法そのものに興味があったという。
「光学的な現象というのは、量子力学などの世界に比べて、起きていることが物理学的にイメージしやすく直観的に理解しやすい。それが、私がこの分野に惹かれた大きな要因の一つです。そして、そのことに気づいてからはいろんなアイデアが思い浮かぶようになり、新しい計測法を開発するきっかけがつかめるようになりました。そうなってからはどんどん研究にのめり込んでいきました」
また、高橋教授らの研究は、SPring-8などの放射光施設を利用して行うが、施設はあくまでもX線を供給してくれるだけだ。実験するための装置はすべて自分で作る必要があるのも研究の大きな特徴だという。
「装置を自分たちで作るから、自分の工夫次第でいろんなことができるし、アイデアが大事になります。そのような自由さが、私にとっては計測法を研究することの大きな魅力であり、面白さの一つだと感じています」
すでに見てきたように、X線による計測技術は、さまざまな分野に応用できる可能性がある。高橋教授らが作り出した計測法も実社会での利用価値がとても高い。
「でも実は」、と高橋教授は言う。「私は学生時代から一貫して、計測法そのものへの興味が強いのです」と。つまり今後も、すでに生み出した計測法をどう使うか以上に、また別の新しい計測法を生み出していくことに軸足を置いていたいのだそうだ。
「私は純粋に、光学において物理現象として起きていることを考えるのが面白いんですね。いずれは、とても高速で動くものを非常に高い分解能で計測・観察したり、X線で原子が並んでいる様子まで見えるような計測方法を開発できればと思っています」
なぜ面白いのかと言われると分からない。しかしとにかく光学現象を考えるのは面白く、だからこそのめり込むのだと高橋教授は言う。
きっとその言葉にこそ、彼の、科学者、研究者としての情熱と突破力が潜んでいる。
現在建設中の次世代型高輝度放射光施設を活用する研究開発拠点として、2019年に設立された。4つのミッションとして、<1.次世代放射光を活用した学術研究・産学連携の先導、2.産官学連携によるイノベーションシステムの構築、3.国際的な大学放射光アライアンスの形成、4.放射光施設を活かした人材育成>を掲げ、その推進のために、14の「スマート研究グループ(スマートラボ)」と1つの共同研究部門 が設置されている。次世代型高輝度放射光施設の完成は2023年の予定。
【取材・文:近藤雄生 撮影:原淵將嘉】