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未踏の領野に挑む、知の開拓者たち vol.79
地震はどこまで分かっているのか――
地震学の新パラダイム「スロー地震」から探る
東京大学地震研究所
加藤 愛太郎 教授

21世紀に入り、地震学では大きなパラダイム・シフトが起きている。それまで知られていなかった地震現象が発見されたのだ。その名を「スロー地震」という。通常の地震と同じように断層面がずれる現象だが、ずれる速度がきわめて遅く、揺れを体感することもない。
この「スロー地震」が、巨大地震との関係で注目されている。東京大学地震研究所の加藤愛太郎教授も、スロー地震の研究に取り組むひとりだ。

日本で地震が多発するわけ

我々が普段経験している地震とは、断層面が急激にずれる現象である。断層とは、岩盤のズレや亀裂のことだ。
地震の発生と大きく関わるのが、地球の表面を覆う「プレート」だ。プレートとは、厚さ数十 kmほどの岩盤で、地球表⾯には十数枚のプレート同士が確認されている。プレートは一定の速さで動いており、そのことが地震を引き起こす原因となっている。プレートの境界域でプレート同士が衝突したりすれ違ったりするときに岩盤中にひずみがたまり、その力を解放しようとして断層面が急激にずれると強くて速い揺れが生じる。これが我々の知る「地震」である。

プレートには「海洋プレート」と「大陸プレート」があり、前者は後者より重い。そのため、両者が接する境界域では海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込む。
「このとき、プレート同士の摩擦により固着が生じ、大陸プレートが海洋プレートに巻き込まれて一緒に沈んでいきます。一方で、大陸プレートには元に戻ろうとする力が働きます。大陸プレートには、海洋プレートに引っ張られて沈もうとする力と元に戻ろうとする力が働き、その結果プレートにひずみがたまっていきます。そのひずみが一定の強度を超えると、断層のすべりが発生します。こうして起こるのが『プレート境界型地震』です(図1参照)」
さらに、プレート内部の岩盤中にもひずみはたまっていきます。その⼒を解放しようとして断層⾯がすべります。これが内陸の『活断層』や『伏在断層』によって発生すると『内陸地震』になります」

日本列島周辺には、海洋プレートである太平洋プレートとフィリピン海プレート、⼤陸プレートである北⽶プレートとユーラシアプレートがある(図2参照)。すなわち日本列島は、2つの海洋プレートが大陸プレートに沈み込む境界域にあり、そのため巨大地震が多発する。日本の面積は世界のなかで0.3 %ほどであるのに対し、マグニチュード4以上の地震の10 %以上が日本で起きており、地震活動はとても活発である(図2参照)。

図1:重い海洋プレート(海のプレート)が大陸プレート(陸のプレート)の下に沈み込む(出典:「地震調査研究推進本部」)。その際、プレート境界でプレート同士の固着が生じ、それによりひずみがたまっていく。そのひずみが解放されると地震が起こる(プレート境界型地震)。プレート境界に加えて、内陸部あるいは大陸・海洋プレート内部に存在する断層(活断層など)によって生じる地震がある。

図1:重い海洋プレート(海のプレート)が大陸プレート(陸のプレート)の下に沈み込む(出典:「地震調査研究推進本部」)。その際、プレート境界でプレート同士の固着が生じ、それによりひずみがたまっていく。そのひずみが解放されると地震が起こる(プレート境界型地震)。プレート境界に加えて、内陸部あるいは大陸・海洋プレート内部に存在する断層(活断層など)によって生じる地震がある。

図2:日本列島は、海洋プレートである「太平洋プレート」と「フィリピン海プレート」、大陸プレートである「北米プレート」と「ユーラシアプレート」の境界付近に存在する。2000年~2019年に発生した地震の分布を点で示す(気象庁一元化処理震源のうち深さ300km以浅のみ)。色は地震の深さに対応。〇印はマグニチュード6.5以上の地震を表す。

図2:日本列島は、海洋プレートである「太平洋プレート」と「フィリピン海プレート」、大陸プレートである「北米プレート」と「ユーラシアプレート」の境界付近に存在する。2000年~2019年に発生した地震の分布を点で示す(気象庁一元化処理震源のうち深さ300km以浅のみ)。色は地震の深さに対応。〇印はマグニチュード6.5以上の地震を表す。

 

「スロー地震」とは何か

図3:南海トラフ沿いで観測されたスロー地震の分布(Obara and Kato (2016)を改変)。色を付けてある場所がスロー地震の発生領域を示す。巨大地震発生域の深部や浅部の一部でスロー地震が発生している。

図3:南海トラフ沿いで観測されたスロー地震の分布(Obara and Kato (2016)を改変)。色を付けてある場所がスロー地震の発生領域を示す。巨大地震発生域の深部や浅部の一部でスロー地震が発生している。

巨大地震は主に、海洋プレートと大陸プレートの境界上で起こる。この巨大地震の発生域の周辺で、近年新たに発見されたのが「スロー地震」だ。
「通常の地震だと、秒速1 mぐらいの速さで断層面が急激にすべるのに対し、スロー地震は断層面のすべりがきわめてゆっくりです。1週間かけて1cm程度、さらには1年で10cm程度というプレート運動速度に近いゆっくりとしたすべりも確認されています。普通の地震に比べてすべり速度がゆっくりで、なおかつプレート運動速度よりも速いものを、総称して『スロー地震』あるいは『ゆっくり地震』と呼びます。すべりの速度に決定的な違いがありますが、岩盤にたまったひずみを断層のすべりによって解放する点は、通常の地震ときわめてよく似ています。プレート境界面の巨大地震発生域に隣接して起こることから、巨大地震との関係があるのではないかと注目されています」

図4:スロー地震は日本だけでなく世界でも観測されている(Obara and Kato (2016)を改変)。発生場所は、巨大地震が起こるプレート境界域と重なっている。

図4:スロー地震は日本だけでなく世界でも観測されている(Obara and Kato (2016)を改変)。発生場所は、巨大地震が起こるプレート境界域と重なっている。

この「スロー地震」が発見されるきっかけになったのは2002年のことだ。地震研究所の小原一成教授らが、南海トラフ沿いの西南日本で、1秒間に数回の小さな震動が長く続く「深部低周波微動」を発見した。過去の東海・東南海・南海地震の震源域より深い地下およそ30 kmにおいて、東海地方から四国地方にまで帯状に発生していた(図3の赤点)。
その後の観測で、微動に連動して断層がゆっくりすべる現象も確認され、似たような事象が次々と見つかった(図3の黄・白・オレンジ色の場所)。それらを「スロー地震(ゆっくり地震)」と総称したのである(図3は、南海トラフ沿いのスロー地震発生場所)。
さらに、スロー地震は世界各地で起きていることも明らかになった。北米のカナダ・米国西海岸や中米メキシコ、南米チリの太平洋沿岸付近、オセアニアのニュージーランド周辺など、巨大地震が起きやすい環太平洋のプレート境界周辺でスロー地震が観測されている(図4参照)。

「スロー地震」は巨大地震と関係があるのか――

加藤教授らは、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)において、スロー地震が本震発生の「最後の引き金」になったことを突き止めた。マグニチュード9.0というこの巨大地震がどのようにして起きたのか、地震の発生過程を解析する過程で見えてきたことだ。
「宮城県と岩手県に設置された14箇所の地震計の記録を使い、極めて小さな地震を含む1,416個の地震を調べました。その結果、興味深い現象が明らかになりました。2月中旬から3月11日までの間に、東北地方太平洋沖地震の破壊が開始した地点の北側約40 kmから、小さな地震が徐々に南下していく現象が2回起きていたのです。一回目の南下は、2月中旬から2月末にかけて一日あたり2~5 kmの移動速度で、二回目の南下は3月9日から11日にかけて一日あたり10 kmほどの移動速度です。この移動速度は、過去に観測されたスロー地震とほぼ一致しています。北側から南側へゆっくりと断層がすべることで、3月11日の本震の破壊開始点にひずみが集中し、それにより大きな断層破壊を促進したと考えられます」

加藤教授は、巨大地震とスロー地震の関係について研究している。

2014年4月1日にチリで発生したマグニチュード8.2の巨大地震についても、スロー地震が本震の発生を促進した可能性を指摘した。チリ北部の沖合で、2014年3月中旬から本震の破壊開始点に向けて地震活動が活発化し、本震の破壊開始点へ向かう地震活動の移動も捉えられた。チリ・フランスの合同研究チームによれば、スロー地震が起きていた影響だという。「専門家が、巨大地震が長期間起きていない地域で地震活動が活発化しているため巨大地震の発生を心配している」とニュースが伝えられた約一週間後に巨大地震が起きた。
いずれの巨大地震でも、スロー地震との関係性が窺えるが、「スロー地震が起きたらからといって、必ず巨大地震が起こるわけではない」と加藤教授は強調する。
「スロー地震と巨大地震との関係は非常に複雑です。両者にどのような関係があるのかを解明すべく研究に取り組んでいます」

加藤教授らは、スロー地震と巨大地震の関連について、いくつかの可能性を指摘している。これまでのスロー地震に関する観測・研究成果を、「巨⼤地震に対してスロー地震の担う役割は何か」という観点で整理した結果だ。その中でも加藤教授は、スロー地震の「ストレストランスファー」としての役割に着目する。スロー地震が発生することで断層面の固着がはがれて周囲の岩盤に力が伝わり、隣接する巨大地震の震源域で断層の破壊を促進する可能性がある。2016年熊本地震の際に、規模は小さいものの類似した現象が内陸の活断層でも起きていたことを明らかにした。このことは、スロー地震による断層破壊の促進が、巨大地震に限らず様々なスケールで起きている可能性を意味する。
このように、スロー地震を継続的に観測して通常の地震活動との関係性について研究を進めることで、巨大地震がどのようにして発生するのかに関する理解が深まることが期待されている。

きっかけは兵庫県南部地震

実は、スロー地震が日本で発見されたのには、1995年1月17日(火)の兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)が大きく関係している。その後、地震観測網が大幅に強化され、それまで観測できなかった微弱な震動を観測できるようになり、前述のとおり2002年の深部低周波微動の発見につながった。

関東地方の地震発生状況をリアルタイムで観測しているモニターの前で、学生たちと。緻密な観測網が、研究の支えになっている。

そして奇遇なことに、加藤教授が地震研究を始めたきっかけも兵庫県南部地震にある。加藤教授は当時、大阪大学理学部物理学科の2年生だった。地震発生前の15日に、実家のある静岡県で成人式に出席し、16日にアルバイトのため大阪府豊中市のアパートに戻っていた。
17日の早朝、加藤教授はやや大きな小刻みな揺れでベッドから転げ落ちて目が覚めた。1階の部屋では地鳴りも聞こえていたという。慌てて机の下に潜り込んだとたん、激しい揺れに襲われた。気づけば机の脚をしっかりとつかんでいた。地元では、「東海地震がいつ来てもおかしくない」と言われ続けて育ち、防災訓練を何度も受けていた。当時をこう振り返る。
「机なんてそう簡単に動くものかと、たかをくくっていましたが、激しい揺れでいとも簡単に動いていました。とっさに脚をつかめたのは防災訓練の賜物ですね。揺れがおさまり部屋を見回すと、部屋の中は本や食器が散乱していて、築年数の古い木造アパートの土壁は崩れて外が見えていました。1階がつぶれていたら、命が助かったかどうか……」

地震研究所が保有する海底地震計。海底に沈めてプレート境界域の地震活動を観測する。

地震直後に加藤教授がとった行動は、実家への電話だった。
「静岡で育ったこともあり、頭には東海地震しかありませんでした。このときも東海地震だと思いましたが、実家ではまったく揺れていないと言われました。テレビでニュースを見ていても、どこで地震が起きたかはしばらく分かりませんでした」
加藤教授はそれまで地球科学にまったく関心がなかったが、この日を境に地震への興味が一気に高まった。関西で巨大地震が起きるなど想像もしておらず、なぜ地震が起きたのかを知りたいと思ったのだ。大学の図書館に通い、独学で地震について調べ始めた。
「調べるほど、地震は分かっていないことが多い現象だと分かりました。地震を学びたいと思いましたが、大阪大学には地震の研究室がなく、学部時代は物性物理学を勉強しました。その後も地震学への思いが消えることはなく、大学院から東大地震研究所に移って研究を始めました」

兵庫県南部地震での自身の体験を語る加藤教授。このときの実体験が、今も研究に取り組む原動力になっている。

地震の研究をしていると、もどかしさを感じることも多いという加藤教授。
「地震研究というと、社会からは『予知』を期待されますが、国内外のほとんどの地震学者の共通認識として巨大地震の予知は現時点で不可能と捉えられています。基礎研究の段階です。起きた地震のメカニズムはある程度、説明できるようになっていますが、巨大地震の前兆を事前につかむことはできません」
それでも研究に邁進するのは、教授自ら体験した兵庫県南部地震での衝撃の大きさがあるからだ。地震による被害を少しでも減らしたい――。そのために、地震が起こるメカニズムを解明する。その一心で研究に取り組んでいる。

 
加藤 愛太郎(かとう あいたろう)
東京大学地震研究所 教授
1997年、大阪大学理学部卒業、2002年、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了、博士(理学)取得。海洋研究開発機構研究員、東京大学地震研究所助教・准教授、名古屋大学准教授などを経て、2019年より現職。2007年、日本地震学会若手学術奨励賞、2018年、EPS Excellent Paper Award など受賞多数。
 

東京大学地震研究所
http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/

1923年の関東大震災をきっかけに、1925年に設立された研究所。地震・火山現象を科学的に解明し、それらに起因する災害を軽減することを使命とする。この使命を果たすため、地震・火山現象のみならず、その根源としての地球内部ダイナミクスをも包括して研究に取り組む。本研究所では、地震学・火山学・地球物理学・地球化学・地質学・測地学・応用数学・情報科学・土木工学・地震工学など、多岐にわたる専門分野の約80名の教員が、研究・教育に携わっている。

 

【取材・文:萱原正嗣 撮影:カケマコト】

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