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未踏の領野に挑む、知の開拓者たち vol.78
鉱物資源の探査と地球科学の探求と――
未知なるフロンティア、深海底の溢れる魅力を掘り起こす
高知大学海洋コア総合研究センター
臼井 朗 教授

世界6位の海洋面積を持つ日本。その深海の底には、レアメタルをはじめとする貴重な鉱物資源が広がっている。だがその採掘と利用を進めるには、環境汚染への対策とともに持続可能な開発手法が必要となる。高知大学海洋コア総合研究センターの臼井朗教授は、未来の海洋鉱物資源の活用を見据えた基礎研究に取り組んでいる。

世界に3カ所しかない「海洋コア」の研究センター

臼井教授は学生時代に海洋地質学と出会い、以後、40年以上にわたって海底のレアメタルの調査研究に取り組んできた。

宇宙とともに、人類に残された手つかずのフロンティア。それが「深海」である。地表の7割を占める海洋面積全体のうち、98%が水深200m以上の深海に分類される。つまり、地球はその大部分が深海に覆われている。
そして日本は、国土面積の約12倍、世界で第6番目の面積を誇る広大な排他的経済水域(EEZ)を有している。近年、その深海底の岩盤に、現代のハイテク産業を支えるレアメタルやベースメタルが大量に存在することが分かってきた。海洋鉱物の形成プロセスを研究する臼井朗教授は、その可能性について次のように語る。
「海底に眠る資源といえば、石油や砂利などが一般的ですが、深い海の底には希少金属が膨大な量、眠っていることが分かっています。日本列島の近くには、海底火山の活動によって堆積した金や銀に富む鉱床があり、さらに沖合にはコバルト、白金などのレアメタルや、ニッケル、マンガンなどのハイテク産業に使われる金属が、地表の大鉱山に匹敵するほどの比率で広大に存在するのです。それらの未利用の資源が活用できるかどうかは、未来の我が国にとって、非常に重要なテーマとなりつつあります」

高知大学海洋コア研究センターにある、海洋コアを保管する巨大な冷蔵設備の前。この扉の向こう側に保管庫がある。

臼井教授が所属する高知大学海洋コア総合研究センターは、世界に3カ所しかない「海洋コア」を保存し研究する施設だ。海洋コアとは、深海探査船によって深海底から掘削した直径数cmの海底堆積物のサンプルのこと。海底の平坦な面には、地表から流出した土壌やプランクトンの死骸などが沈殿した泥が数m〜数百mにわたって積もっているが、それをぶち抜けば、数千万年前に形成された固い岩石が表れる。
海洋コアは、その海底面下を特殊なドリルで掘削することにより得たサンプルで、日本では深海深部探査船「ちきゅう」によって採取が行われている。海洋コアの保管施設は、高知大学海洋コア研究センターのほかに、アメリカのテキサス、ドイツのブレーメンに存在する。それぞれインド洋と太平洋西部、太平洋東部と大西洋西部、地中海と大西洋東部の試料を保管している。
「海洋コアの掘削は1960年代にスタートし、60年にわたって世界中の海を掘り続け、これまでにトータルで500km分の長さのコアが採取されました。コアには微生物などが混ざっているため、常温で保管するとカビが発生し、あるいは腐敗することから、冷蔵しておく必要があります。海洋コア研究センターの冷蔵倉庫には、現在約20万本のコアが、航海番号と掘削深度別に分類保管されており、世界中の学者に貴重な研究資料を提供しています」

海洋鉱物ゴールドラッシュが進むことへの懸念

日本の近海に金や銀、レアメタルなどの貴重な鉱物資源が存在することも、海洋コアの分析によって分かってきた事実である。期待が先行する深海資源だが、現実にそれらを掘り出して利用するには、水深が深くなればなるほど高くなっていく「水圧」という大きな壁が立ちはだかる。
日本のEEZのうち、水深1000m以上の海域は82%を占めている。4000m以上は51%、そして「超深海」と呼ばれる水深6000m以上の海域は10%と、世界の他の国々に比べて最大の面積だ。水深が10m深くなるにつれ水圧は1気圧単位で増えていくため、水深6000mでは1平方メートルあたり6000トンもの重さがかかる。当然、陸上で用いられている機械を耐水化しても、そのままでは深海底に応用することはできないが、深海掘削のための技術開発は日進月歩で進んでおり、「海洋鉱物資源の実態が見えてきた」と臼井教授は語る。
「海底油田や海底ガスも、存在自体は19世紀から分かっていましたが、本格的な採掘が始まったのは1960年代以降のことです。水深1000m以上の海域から採掘できるようになって、わずか30年程しか経っていません。深海の海洋鉱物も現段階では採掘が困難ですが、深海探査艇や採掘ロボットなどの技術は目覚ましい進歩を続けており、近い将来には商業ベースでの採掘が十分可能になると考えている人もいます」

一方で、そうした高価な資源が深海に眠っていることが判明したことで、「各国の間で、かつてのアメリカのゴールドラッシュのような資源獲得競争がスタートしている」と臼井教授はいう。
「最近、新聞やテレビなどのメディアも海底資源の可能性を報道していますが、深海の鉱床を掘削することで、環境にどういう影響を与えるか、誰も本当のところは分かっていません。それにもかかわらず、国連主導で海の線引きが始まっているのが現状で、放っておけば、後先を考えずに各国がバラバラに採掘を始めてしまう懸念があります。そうなれば、かつての日本で金属鉱山から鉱毒が河川に撒き散らされたように、海洋が汚染されて数十年、数百年後に生態系に深刻な影響を与えることも考えられます。だからこそ、いま将来の海底資源の利用のために、我々が基礎研究を積み上げておく必要があるわけです。国際海底機構では、賢明な開発には海洋科学研究が不可欠!というのが合い言葉になっています」

冷蔵倉庫の内部。4機の冷蔵庫と1機の冷凍庫を備え、JAMSTEC(海洋開発研究機構)が運用する地球深部探査船「ちきゅう」がこれまでに採掘した海洋コアを、20万本以上保管する。

海洋コアには一本一本、航海番号と掘削した場所の緯度と経度、深さを示すラベルが貼られ、世界各国の研究者からの要請があればサンプルとして提供される。

海底からロボットによって採取された、二酸化マンガンや銅を含む鉱物を切り出したサンプル。黒い部分が堆積した金属鉱床で、白茶の部分が岩石。これだけの厚さの鉱床が堆積するには、数千万年の時間を必要とする。

 

世界で初めて海洋鉱物の蓄積プロセスを解明

海底の鉱物資源に寄せられる期待は高まる一方、その鉱床がどのように年月を経て蓄積していったかは、よく分かっていない。臼井教授はその謎を解き明かす研究を続けている。海洋鉱物の集積を地球表層の物質循環の一局面と考え、海洋地質学、鉱物学などの知見を活用しながら、蓄積の過程を明らかにすることを目指している。2001年から2013年には、世界で初めてその形成プロセスを科学的に解明することを目的とした沈着実験を行った。
「海底の鉱物は、海底火山の活動にともなって蓄積したものと、陸上の土壌から溶け出した物質が海水に溶けて沈殿したものの大きく2つに分けられます。日本近海には鉄・マンガン酸化物の鉱床が広く分布していますが、それがどれぐらいのタイムスケールで形成されたかを解明するために、深海にガラスのプレートを長期間沈めて、海水沈着実験を実施しました」

小笠原諸島近海の海底1000mに、2001年から12年間放置したスライドガラスの表面には、ごく薄く鉄・マンガン酸化物沈殿が付着していた。電子顕微鏡で観察すると、それは深海底のマンガンクラストの成分と同じだった。

臼井教授らが2001年から2013年にかけて行ったその実験では、2001年にまず、プラスチックとガラス、セラミックでできた5cm×3cm大の3種のプレートを海底に設置することから始めた。12年経ってそれらを回収し、プレート表面に付着した鉱物結晶を顕微鏡で分析した。
「その結果、表面に長さ数μm、厚さ1μm以下の板状・短冊状のマンガン酸化物結晶がぽつぽつとついていることを確認することができました。それらの結晶は、伊豆・小笠原、マリアナ周辺で見られる海水起源のマンガン酸化物と同様の特徴を備えており、海底鉱床が極めて長いタイムスパンで形成されたことが実証されました。実験結果をもとに計算すると、海底鉱床は1000年で厚さ3μm、100万年かけても3〜4mmしか成長しないのです」
この実験結果は、他の研究成果によっても裏付けられた。付近から発掘された太古のサンゴ礁の化石の分析および鉱物の放射性同位体の年代測定、さらには地球でかつて何度も起きた地磁気の逆転現象の痕跡の分析が、このときの実験結果と一致したのだ。臼井教授の実験によって、世界で初めて海底鉱床の蓄積プロセスが解明されたのである。

臼井研究室では、内閣府が主導する研究プログラムの一環で研究航海も行ってきた。2017年には、研究室に所属する臼井教授ら教員2名と学生3名が船に乗り、房総半島の東南東約350km沖にある「拓洋第三海山」の斜面を調査した。
その結果、水深1500〜5500mの地点に、コバルト、ニッケル、テルル、白金、レアアース等のレアメタルを含む「コバルトリッチクラスト」という厚さ10cmの層が広く分布していることを突き止めた。この層に含まれる金属は、現在の市場価格に換算すると、1平方メートルあたり70ドル前後の価値を持つという。
「同じように長い時間をかけて地中に形成された石油は、人類が短期間で湯水のように使い続けていることで、枯渇の危険性が以前から指摘されています。海底の鉱物も、非常に長い時間をかけて蓄積された資源であり、むやみな採掘をしては取り返しがつかなくなります。持続可能な海底資源の活用のために、どうすれば無理がなく、コスト的にも安くて環境も汚さない開発が将来的に可能になるのか――。そのために必要な科学的知見を、私たちの研究で一つひとつ積み上げていければと考えています」

海底から「地球史の空白地帯」を埋める

臼井教授が取り組む海底鉱物の研究には、将来的な産業開発に役立てるという目的以外に、「地球史の空白地帯を埋める」という大きな目標がある。
「海洋コアには、100万年〜1万年スケールで、地球に何が起こってきたかが刻み込まれています。隕石の衝突や地磁気の逆転といった、地球に大きなインパクトをもたらした事象だけでなく、古い海洋の状態や当時の大気の循環などの穏やかな情報も、年輪のようにコアから読み取れるようになってきました。そうした記録を解析することで、まだよく分かっていない数千万年の地球史の空白部分の解明に貢献できればと思っています」

深海は、私たちが生活している場から遠く離れた場所に存在する。そのため、普段はその存在を意識する機会は少ない。だが臼井教授は、その存在意義を次のように語る。
「地球規模の地理的スケール、地球史の時間的スパンで見れば、地表と深海は物質が相互に作用しながら循環している一つの場であると言えます。水深1万mもの深海底から、釣り針などの人間が廃棄したゴミも現実に見つかっており、人類の活動の領域が広がったことによって、これからさらに両者の関係性は深まっていくはずです」

研究室に所属する学生とともに、サンプルの分析にあたる。高知大学では、学生たちも調査船に乗り調査を実体験できる教育プログラムが組まれている。

臼井教授が「海を研究しよう」と志したのは、資源開発工学科に在籍していた学生時代にさかのぼる。
「恩師である鉱床学を専門とする今井秀喜教授から、『これからは海の時代だね。これまで人類は海を汚染し続けてきたが、いずれ海を汚してはいけない時代が必ずくる』という言葉を聞いたのがきっかけでした。その言葉通り、海洋の環境を保つことの重要性は、国際的に年々強く認識されるようになっています。資源開発というと、環境を汚す原因として見られがちですが、開発を敵視するだけでは解決になりません。深海底資源の開発は、決して遠い将来の『夢』ではなく、現実の目標となりつつあります。そのためにも、海の成り立ちや性質をさらに深く理解することが、いま求められているのです」

高知大学では、まだまだ知られざることの多い深海を探索する担い手を育成するため、2016年に「海洋資源科学科」を新たに設置した。そこでは、海底資源の開発に向けて、資源の成因プロセスや回収・利用技術の研究、海洋環境モニタリングなどの知識を学生に伝えている。洋上実習なども授業のプログラムに盛り込まれ、将来、海を舞台に世界で活躍できる人材を養成する。
「人類が将来手にする実益と地球科学への貢献、その両方に役立つことができるこの研究に、多くの若い人に参加してほしいと願っています」と臼井教授は語る。深海という謎に包まれた、魅力あふれるフロンティアの開拓が本格的に始まるのはこれからだ。

 
臼井 朗(うすい あきら)
高知大学海洋コア総合研究センター 教授
東京大学工学部資源開発工学科卒業、東京大学大学院工学研究科修了。工学博士。産業技術総合研究所(旧工業技術院地質調査研究所)海洋資源環境部門研究室長を経て、03年高知大学理学部自然環境科学科教授などを経て、16年より海洋コア総合研究センター特任教授に就任。主な研究テーマはマンガン団塊の鉱物化学、海底鉱物資源の形成過程と条件。
 

高知大学海洋コア総合研究センター
http://www.kochi-u.ac.jp/marine-core/

海洋コアの総合的な解析を通じて、地球環境変動要因の解明や、海底資源の基礎研究を行うことを目的に、2000年に学内共同教育研究施設として設立された(旧名称:海洋コア研究センター)。03年に全国共同利用研究施設に改組・拡充が行われ、高知大学物部キャンパス内に新たな研究施設が建設。海洋コアの冷蔵・冷凍保管をはじめ、コア試料を用いた基礎解析から応用研究まで一貫して行える国内唯一の研究機関として、全国および世界の大学・研究所と共同研究を行っている。

 

【取材・文:大越裕 撮影:西村卓】

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