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未踏の領野に挑む、知の開拓者たち vol.73
病を引き起こす意外な原因
神経と免疫の「常識破り」な関係
北海道大学 遺伝子病制御研究所
村上 正晃 教授

免疫細胞は、私たちの体を細菌やウイルスから守る役割を担っている。しかし、これらの細胞が、加齢やストレスなどの理由により、自分の体の成分に反応し、私たち自身を攻撃してしまうことがある。このような状態を「自己反応性、自己免疫」といい、自己反応性の免疫細胞によってさまざまな病気が引き起こされる。
この自己反応性免疫細胞が、ストレスによる胃腸の不具合や、心臓疾患による突然死にも関係しているかもしれない。北海道大学遺伝子病制御研究所の村上正晃教授は、そのメカニズムを明らかにし、ストレスによる疾患や突然死を防ぐ手立てを見出そうとしている。

脳・脊髄につながる知られざる出入り口

脳や脊髄などの中枢神経系は、人体のなかで特殊な位置づけにある。中枢神経系には、「血液脳関門」という関所の役割をする血管の仕組みが存在し、血液を介する細菌やウイルスが侵入できないようになっているのだ。
この仕組みによって、血液中の免疫細胞や大きなタンパク質なども簡単には中枢神経系に入り込むことができない。もちろん自己反応性免疫細胞も同様である。

重力ゲートウェイ反射の仕組みについて話す村上教授。

しかし、なんらかの理由によってここに入り口がつくられ、免疫細胞の侵入を許してしまうことがある。この現象を「ゲートウェイ反射」という。「ゲートウェイ(Gateway)」とは、このときつくられる「入り口」のことを指す。村上教授はこれを世界で初めて発見し、その仕組みを解明した。
村上教授は、この現象が引き起こす問題について次のように説明する。
「自己反応性の免疫細胞は、個人差はあるものの加齢とともにどうしても増えてしまいます。ある刺激によってゲートウェイ(ゲート)が生じ、たまたまそこにそのような細胞が存在した場合、さまざまな病気や不具合を引き起こす可能性があります」

村上教授が最初にこの現象を見出したのは、重力によってゲートが形成される「重力ゲートウェイ反射」だ。
教授はまず、マウスの血液中に自己反応性の免疫細胞を投与すると、その免疫細胞が脊髄に侵入し、自己免疫性脳脊髄炎を発症するという現象を発見した。だがこれは、「血管中の細胞やタンパク質は、血液脳関門という仕組みによって、脳や脊髄に侵入することができない」という従来の常識に反していた。それはつまり、どこかに侵入口となる「ゲートウェイ」が存在することを意味している。

病を引き起こす「重力」の影響

いったい、どこにゲートがあるのか――。
それを調べるため、実際に自己免疫性脳脊髄炎を発症したマウスの脳や脊髄を薄くスライスし、蛍光顕微鏡で解析してみると、その正体が分かった。第5腰髄の背中側の血管にゲートが形成され、そこから血液中の免疫細胞が脊髄に侵入していたのだ。
また、ゲート形成には「炎症アンプ」という仕組みが関与していることも明らかになった。炎症アンプとは、村上教授が過去に明らかにした炎症を引き起こすメカニズムのことだ。それにより、血管を構成する細胞に炎症が生じ、ゲートが形成されていた。

では、なぜ第5腰髄にゲートが形成されるのだろうか。
ここで登場するのが、後ろ足のふくらはぎにある「ヒラメ筋」という筋肉である。ヒラメ筋は、重力に対抗して姿勢を維持し、体を支える筋肉のひとつだ。ヒラメ筋からは感覚神経が出ており、それが脊髄に繋がっている神経節が第5腰髄の横にあり活性化している。そここそ、ゲートが形成されている場所のすぐ近くである。
「ヒラメ筋がゲートの形成に関わっていると仮説を立てました。それを確認するために、マウスの尻尾を器具で吊って逆立ちのようにして、ヒラメ筋に重力がかからない状態を意図的につくり出し、自己反応性の免疫細胞を投与しました。すると、第5腰髄にはゲートが形成されず、自己免疫性脳脊髄炎の発症も抑えられたのです」
さらに、尻尾を吊ったマウスのヒラメ筋に弱い電気刺激を与えて感覚神経を活性化すると、電気刺激を与えた時間に比例して、ゲート形成に関わる物質ケモカインの合成が促進された。第5腰髄部の血流も速くなり、炎症も生じた。血流速度の上昇は、交感神経の活性化を意味し、実際に近傍の交感神経節の活性化も確認された。

重力によるヒラメ筋の活性化が感覚神経を刺激し、第5腰髄周囲の交感神経を活性化。これによってゲートが形成される。

重力によるヒラメ筋の活性化が感覚神経を刺激し、第5腰髄周囲の交感神経を活性化。これによってゲートが形成される。

これらの結果から考察されるのは、次のようなメカニズムである。
「ヒラメ筋は、重力に対抗する姿勢をとると緊張状態になります。それにより感覚神経が活性化し、その刺激は、第5腰髄横の神経節に伝えられます。その影響で、第5腰髄の交感神経も活性化します。この交感神経の活性化が、第5腰髄の背中側にある血管の炎症アンプの過剰な活性化を引き起こし、ゲートが形成されるというわけです」
ただし、マウスの尻尾を吊る実験では、重力の影響を完全に排除することはできない。ヒラメ筋には重力刺激が伝わらなくなる代わりに前足に重力がかかり、首の辺りの脊髄の背中側にある血管にゲートが形成された。そこで、無重力の状態で何が起こるかを確かめるため、実験の舞台を宇宙へと移した。2019年5月にJAXA・NASAと協力し、宇宙空間で同様の実験を行い、結果の解析・検討を行なっているのだ。

「病は気から」を解き明かす

村上教授によると、神経系と免疫系の関わりに関する研究は、古くて新しい学問分野だという。
「これまでにも、免疫細胞が自律神経の影響を受けていることは明らかにされていました。体がリラックスして副交感神経が優位になったときと、緊張して交感神経が優位になったときとで免疫細胞にどんな変化があるか――。そうしたおおまかなことは、これまでも研究が進められていました。しかし、ある特定の神経回路が活性化することにより、特定の臓器の免疫反応が影響を受けるということは、ほとんど明らかになっていませんでした。こうしたことは、2010年ごろから分かってきたことです」
そのなかでも、ヒラメ筋の活性化が「ゲートウェイ反射」を引き起こすという村上教授の発見は、今までの常識を覆すものだった。生体内の局所での神経反応が、免疫細胞に影響を及ぼすことを明らかにし、新しい学問領域を切り拓いたのだ。
今後、特定の神経の活性化をコントロールすることで、ゲートを人為的に形成したり閉じたりできるようになれば、さまざまな疾患の予防・治療に繋がることも期待される。

自己反応性免疫細胞があると、ストレスによって第三脳室と海馬、視床に囲まれた特定の2ヶ所の血管に微小炎症が生じ、それまで活性化していなかった神経回路が活性化される。

自己反応性免疫細胞があると、ストレスによって第三脳室と海馬、視床に囲まれた特定の2ヶ所の血管に微小炎症が生じ、それまで活性化していなかった神経回路が活性化される。

ゲートが形成される要因は、重力だけではない。電気刺激によってもゲートが形成されるし、痛みによっても、重力の場合とは違う位置にゲートが形成されることが分かっている。
いま、村上教授が着目しているのはストレスの影響だ。生活環境の悪化や寝不足などの慢性的なストレスは、胃痛や下痢、心臓の機能不全など体の不調を誘発し、突然死を引き起こすこともある。いわゆる「病は気から」という話だが、村上教授はここにもゲートウェイ反射が関わっているという。
「ストレスゲートウェイ反射の場合、ゲートは脳の血管に形成されます。ここに運悪く自己反応性免疫細胞が存在した場合、脳に微小な炎症を発生させ、そこに分布している今まで活性化していなかった神経回路が活性化されます。それが胃につながる神経回路であれば胃に、心臓につながる神経回路であれば心臓に、それぞれ支障を来たします。最悪の場合、死に至ることもありえます」

マウスを使った実験では、ストレスによって胃が痛くなる種類や下痢になる種類など、人間でいう個人差のようなものまで分かっているそうだ。村上教授によると、同様の現象は人間でも見られるかもしれないという。
「北大の法医学や病理学の先生から、睡眠時無呼吸症候群や自己免疫疾患で突然死した人の検体をいただいて、人間の脳でも解析を行っています。この場合もやはり、マウスと同様の位置の血管部に小さな炎症が見られ、免疫細胞が集まっている可能性が高いことが分かりました」

神経免疫学から心理免疫学へ

自己反応性の免疫細胞は、さまざまな要因によって後天的に増加し、個人差はあるが年を取るにつれて増加していく傾向がある。脳内に自己反応性免疫細胞による小さな炎症が多い人ほど、ストレス性疾患にかかりやすいことが確認できれば、ストレス性疾患にかかりやすい状態かどうかの診断が可能になるかもしれない。
「進化学の観点からすると、免疫システムは未だ進化の途中であり未完成の系です。したがって、自己反応性の免疫細胞が生じてしまうのは仕方がないことだと言えます。この自己反応性免疫細胞の数を血液検査によってモニタリングできるようにすれば、リスクが高い状態の人は休養をとったり環境を変えたりという対策をとることができます。さらに言えば、自己反応性免疫細胞自体を減らす手立てを見つけることができれば、ストレスに強い状態を作りだすことができます」
村上教授は、治療や診断に応用していきたいと、強い意欲を見せている。

村上教授は、その「さらに先」も見据えている。それが「心理免疫学」だ。ストレスが体の不調に関連するメカニズムだけでなく、逆に心地よい状態ではなぜ病気が良くなるのかなど、心理状態が病気にどのような影響を与えるかを明らかにしたいのだという。
「たとえば、実際に行われている心理療法の一つに、嫌なことを思い出しながら眼球運動を行うことでトラウマをなくす『EMDR』という治療法があります。これがどういう神経回路によるものなのか、近年、その一端が明らかにされ、科学誌『Nature』に発表されました。ストレスがかかったときにより働きやすい神経回路や、逆にそれを抑えるような神経回路もあります。そういうことが、最近になってどんどん分かってきています。ただ、この分野で免疫細胞はまだあまり注目されていません。また、自己反応性免疫細胞がストレスによる病態や他の疾患を強めることもあまり知られていません。心理状態と神経科学、さらに免疫学を組み合わせれば、もっと新しいことが分かるかもしれない。世の中により貢献できる研究に取り組んでいきたいですね」

信じられるデータをもとに、仮説や常識を疑う

研究を進めるうえで、村上教授が特に重視しているのは、丁寧に実験をして、確かなデータをいくつもの方向からとることだ。
「そのうえで、仮説やこれまでの概念に反する事象、教科書に書いてあることと違うことが起きたとしたら、そこに新しくて面白いことがあるはずです」

研究室のメンバーと話す村上教授。学生たちにも、速さを追い求めず丁寧に実験を進めるよう指導しているという。

ゲートウェイ反射の発見も、従来の知識と実際のデータとの不一致が発端だった。
もともと村上教授は、関節リウマチに関連するIL-6というタンパク質の研究に取り組んでいた。IL-6は炎症・免疫反応に関わる物質で、関節リウマチの他にも多発性硬化症など様々な疾患の発症メカニズムに関与している。
その研究を行う過程で、多発性硬化症のマウスモデルをつくる必要があった。その際、マウスの血管の中に自己反応性免疫細胞を注射すると、麻痺が起こる現象に疑問を持ったのだという。
「麻痺が起きるということは、脳や脊髄に病気が起きていることを意味します。これは教科書的にはおかしいことでした。血液脳関門があるので、血管に注射された免疫細胞は脳や脊髄には入らないはず。では、なぜそれが起きたのか、どこかに入口があるのではないかと思って始めたのがこの研究です」

第5腰髄からヒラメ筋と重力に焦点を当てたのも、リウマチに関する研究が関わっている。
「当時、リウマチの研究で、スポーツ医学の先生に実験装置を借りていました。そのとき『第5腰髄から自己反応性免疫細胞が入っている」という話をしたところ、第5腰髄といえば、ヒラメ筋と重力だろうと助言を受けたんです。スポーツ医学の世界ではヒラメ筋=重力なんですね。マウスの尻尾を吊るという実験方法もその先生に教えてもらいました」
一つずつ丁寧にデータを積み上げ、分かったことを別の分野へとつなげていく。それが村上教授の研究スタイルだ。リウマチからゲートウェイ反射の発見、そしてストレス、心理へ…。次々と新しい分野へ目を向けるその足元では、着実な前進が彼の研究を支えているのだ。

 


村上 正晃(むらかみ まさあき)
北海道大学遺伝子病制御研究所 教授
1993年大阪大学大学院医学研究科博士課程修了。北海道大学免疫科学研究所助手、コロラド大学客員准教授、大阪大学大学院医学系研究科准教授、同大学院生命機能研究科准教授を経て、2014年より現職。2016年からは北海道大学遺伝子病制御研究所所長を務める。
 

北海道大学 遺伝子病制御研究所
http://www.igm.hokudai.ac.jp/

感染癌とその周辺領域研究(微生物病や免疫・炎症、腫瘍の病因や病態など)の基礎医学研究を通じて、これら疾患の予防、治療へつながる新規の遺伝子、分子基盤を見出すことを目標に研究活動を行う。北海道大学免疫科学研究所と医学部附属癌研究施設が統合し2000年に発足。2008年より「細菌やウイルスの持続性感染により発生する感染癌の先端的研究拠点」として文部科学省共同利用・共同研究拠点に認定された。

 

【取材・文:平松紘実 撮影:島田拓身】

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