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未踏の領野に挑む、知の開拓者たち vol.57
緊急地震速報システムの今――
東日本大震災後の「誤報」から得たヒント
京都大学防災研究所
山田 真澄 助教

2011年3月11日、東北から関東にかけて東日本一帯に甚大な被害をもたらした「東北地方太平洋沖地震」は、地震の観測・研究に携わる人たちにとっても、大きな危機感を掻き立てることにもなった。三陸沖を震源として発生したこの地震は、マグニチュード(Mw)9.0、最大震度7という強い揺れを記録しただけでなく、長期間にわたって強い余震を幾度も伴った。気象庁は緊急地震速報を発表し、強い揺れが来ることを事前に警告したが、その的中率は50%を下回り、誤報の多さが大きな問題になった。
この緊急地震速報システムが改善され、新システムが2016年に実装されている。従来のシステムのどこに課題があり、それをどう改善したのだろうか。新システムの土台となる手法を開発し、システムの実装に携わった京都大学防災研究所の山田真澄助教に話を伺った。

なぜ従来のシステムは、多くの「誤報」を生んだのか

緊急地震速報とは、気象庁が運用しているリアルタイム地震警報システムである。
地震が発生すると、最初に「P波(初期微動)」と呼ばれる小さな揺れが伝わり、「S波(主要動)」と呼ばれる大きな揺れが少し遅れてやってくる。緊急地震速報は、震源に近い観測点で検知されたP波から、地震の場所や規模を推定し、揺れの大きさを周辺の住民に知らせるシステムである。緊急地震速報は、予測される最大震度が5弱以上の場合に、テレビやラジオ、携帯電話などで一般市民に向けて発表される。
気象庁が、広く社会に向けて緊急地震速報の運用を開始したのは2007年10月のことだ。運用開始から「東北地方太平洋沖地震」が発生する2011年3月11日までの間には17回の発表があった。実際の震度と予測震度の誤差が2未満であるものを適切な発表とすると、この期間の緊急地震速報は約7割が適切であった。

ところが、東北地方太平洋沖地震直後に各地で大量に余震が発生したときには、このシステムによる「誤報」が大きな問題になった。2011年3月11日から2ヶ月の間に発表された70回の緊急地震速報のうち、震度の誤差が2以上になったのは、実に6割を超える44回を数えた。
なぜそのようなことが起きたのか、山田助教はこう説明してくれた。
「実は当時のシステムでは、離れたところで同時に複数の地震が起こると、区別できずにひとつの大きな地震と認識してしまう欠点がありました。たとえば、2011年3月15日に新潟でマグニチュード6クラスの余震が起きたという速報が発表されましたが、実際は、マグニチュード3クラスの小さな地震が離れた場所で同時に起きただけでした」

従来のシステムでは、小さな地震が2ヶ所で同時に発生すると、1つの大きな地震ととらえてしまう。左が発せられた緊急地震速報。右が実際の現象。

従来のシステムでは、小さな地震が2ヶ所で同時に発生すると、1つの大きな地震ととらえてしまう。左が発せられた緊急地震速報。右が実際の現象。

従来のシステムでは、一度に発生する地震を1つと仮定して震源を計算していた。そのため、同時に別の場所で地震が起こると、離れたところまで大きな振動が伝わったと判断して、1つの大きな地震が起きたと結論づけてしまっていた。東北地方太平洋沖地震後に地震があちこちで同時に発生したことによって、それまで知られていなかったシステムの欠点が明らかになった。
誤報は人々に無用なストレスを与えるだけでなく、何度も繰り返せば信用を失って、本当の警報が役に立たなくなる可能性もある。また、警報は社会システムにも大きな影響を及ぼす。交通機関や工場、病院など、緊急地震警報を受信すると自動で止まるシステムが組み込まれている場合もある。誤報による経済的損失も大きい。
山田助教は、問題発覚後すぐにシステムの改善に取り組み、気象庁とともに新システムを開発した。

システム改善のカギは、「揺れていない」地点のデータにあった

大量の資料に囲まれたこの研究室から、日本の人々を救う新システムが生まれた。

「これまでは震源を1つと固定して計算していましたが、新システムでは震源が1つの場合と複数の場合を両方考慮して、観測データとより整合する方を選ぶようにしました。これにより、複数の震源に対応できるようになりました。震源の場所を精度良く決めるため、データをより有効に利用できるように工夫しました。そのひとつは、『揺れを観測していない地震計の情報』を計算式に加えることにした点です。離れた地点で2つの小さい地震が発生したとき、その間には、ほとんど揺れていない観測点が無数にあるはずです。それらの『揺れていない』という情報を計算に加えることで、1つの大きな地震ではなく2つの小さな地震であると区別することができるようになります」
日本全国には、1000箇所を超える地震計が設置されている。従来の警報システムでは、揺れを観測した地震計のデータだけを計算式に加えて、地震の規模を予測していた。一方、すべての地震計をデータ解析に用いる山田助教のアイデアは、計算量は増えるが、これまで使ってきた気象庁のデータや地震計をそのまま利用できる。そのため、設備上の大きな改変が必要なく、素早い実装が可能になった。コンピュータの性能も向上しており、計算量が増えても従来のシステムとほとんど変わらない時間で速報を出せることもわかった。

新しい警報システムでは「揺れていない」情報も計算式に加える。

新しい警報システムでは「揺れていない」情報も計算式に加える。

2017年6月1日に緊急地震速報の精度向上させた功績で山田助教は気象庁長官表彰を受けた。

「もう1つの改善は、P波の振幅を予測に利用した点です。P波の振幅は震源に近いほど大きくなり、遠いほど小さくなるため、震源の推定に用いることができます。従来のシステムでは、P波の到着時間だけを利用して震源の場所を決めていましたが、それだけではP波の検知を間違えることがあり、予測に誤差を生じる可能性がありました。振幅データも利用することで、震源の予測を高めることに成功しました」
この方式にもとづく新システムで、東北地方太平洋沖地震以降の2か月間の地震データを遡って計算すると、9割以上の誤報を減らすことができた。この新システムはIPF(Integrated Particle Filter)法と呼ばれ、2016年12月より実際の緊急地震速報に利用されている。

地震計で「地すべり」も検知できるか

山田助教は現在、「地すべり」の研究も行っている。きっかけは、同じ防災研で地すべりを研究している松四雄騎准教授が訪ねてきて「地すべりの振動も地震計で見えないか?」と尋ねたことだった。
「それまで私は地すべりのことは全く対象にしていませんでした。突然お声がけいただいたときは驚きましたが、それがきっかけで、2011年の9月に奈良県で起きた台風12号の被害を調べてみました。2日間で半年分の雨が降った結果、各所で地すべりが起きたのですが、そのときの地震計の記録を見てみると、確かに地すべりの振動によるものと思われる波形がとれていました」

前兆現象とみられる波形を観測した北海道羅臼町の地すべり調査

地すべりの研究では、実際に地すべりが起きた場所に行って、サンプル採取や観測を行うことが多い。だが、地震計を地すべりの検知に用いることができれば、現地調査では得ることの難しい発生時間や、すべっている最中の動きやスピードまで推定することができる。
「地震計のデータを解析することで、地すべりのメカニズムについて多くの発見がありました。たとえば、地すべりが始まる少し前に小さな地震の波形が繰り返し記録されていたことがありました。これは、地すべりの前兆的な現象ではないかと考えています」
前兆現象とみられる特徴的な地震は、1度の地すべりの直前に100回ほど起きていたことが分かった。しかも、その波形の形にはほとんど変化がなく、同じ場所、同じメカニズムで繰り返し地震が起きていたことが分かった。地すべりの前兆現象が観測されたのは山田助教の研究結果を含めても世界で数例しかなく、地すべりのメカニズムを調べるにあたり、非常に貴重なデータであるという。

地すべりは地震とともに日本では身近で切実な災害である。地すべりの速報も地震計で行うことができれば、被害を最小限に抑えることができると山田助教は考えている。しかし、地震計による地すべりの検知にはまだ多くの課題が残されている。
「地震計で検知できるのはかなり大きな地すべりだけです。また、地震に誘発されて起こる場合は、正確に検知することができません。地震の波形と混ざってしまって解析の精度が劣ってしまうからです。これからデータを蓄積していって、うまく区別できるように改善していきたいと思います」

工学出身の、異色の地震学者

山田助教はもともと工学部で建築を学び、構造物の耐震性について研究していた。だが、博士課程でアメリカに渡り、カリフォルニア工科大学で学ぶうちに、興味の幅が広がっていった。地中深くの地震の挙動を調べ、地震の本質に迫りたいと考えるようになったのだ。
興味の対象は地上から地中へ移ったが、研究に取り組む姿勢は以前と変わっていないと山田助教は語る。
「工学は、研究成果を具体的な形で社会に実装することが求められます。私の土台は工学にあり、研究対象が地震になっても、研究成果を目に見える形で社会に役立てたいという思いを強く持ち続けています。地震研究の分野は、地震の本質的なメカニズムの解明を目指す理学的なアプローチで研究をすすめる研究者が多く、工学の発想で地震に取り組む私のような研究者は少数派です。緊急地震速報に関しても日本では研究者が少ないのが現実ですが、社会に役立つ研究をしたいという私の性格にはぴったり合っていました」

防災研究所では、山田助教のような工学的なアプローチの研究者と、理学的なアプローチの研究者がともに研究に取り組んでいる。研究対象も地震に限らず、火山や地盤、気象や水害など防災全般を広く扱っている。そのため、地すべりの研究者が研究室に突然訪ねてきたような、思いがけないコラボレーションも生まれやすい。恵まれた環境だと山田助教は語る。
「地震の波形を眺めるのが好き」だと語る山田助教。社会実装を目指した数々の挑戦が、地震被害を減らしていくことになるのかもしれない。


山田 真澄(やまだ ますみ)
京都大学防災研究所 助教
1978年愛知県生まれ。2001年京都大学工学部建築学科卒業、2003同大学工学研究科建築学専攻修士課程修了、2007年カリフォルニア工科大学理工学科Ph.D.課程修了。Ph.D.。2007年京都大学次世代開拓研究ユニット助教を経て2011年より現職。
 

京都大学防災研究所
http://www.dpri.kyoto-u.ac.jp/

1951年に設立。災害軽減という地域的あるいは地球的課題の研究命題に対して、災害学理の追求を目指した基礎研究を展開するとともに、社会における問題解決を志向した総合的・実践的な研究を推進する。総合防災研究、地震・火山研究、地盤研究、大気・水研究の4つグループから成る。15の遠隔地観測所・実験所をはじめ多くの施設設備を有す。

 

【取材・文:寒竹泉美 撮影:大島拓也】

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