地球の内部は、均一ではなく層構造になっている(右図参照)。中心部の「核(コア)」は鉄やニッケルなどの金属で構成されており、核を覆う「マントル」や最も外側にある「地殻」は、岩石で構成されている。
地球の半径は6,378km。表層部の地殻の厚さはわずか数十kmほどで、その下の深さ3,000kmほどまではマントルで構成される。中心部の核は地球半径の半分を占める。なお、マントルは構成鉱物の性質の違いによって、地表部に近い「上部マントル」と中心部に近い「下部マントル」とに分けられる。同様に、核も「外核」と「内核」とに分けられる。前者は液体で、後者は固体という違いがある。
地球内部の構造は、地震が起きたときに伝わる「地震波」の速度を測定することによって解明されてきた。地球内部は均一でないため、屈折や反射が生じて地震波の速度が変化する。その変化を手掛かりに地球の内部の性質を探るのである。これまでに蓄積された多くの地震波データの解析から、層の厚みだけでなく密度や剛性、各層の構成元素も推定されている。
このような間接的な方法を取らざるを得ないのは、地球内部を直接掘削して調査することが非常に困難だからである。現在、人類が到達した最も深い掘削距離は、ソビエト連邦が1989年にロシア北西部のコラ半島で行った陸上からの学術ボーリングの12kmだが、約35kmの大陸地殻を貫くことはできなかった。地殻は大陸と海洋で厚さが違い、大陸地殻の厚さ30~50kmに比べて、海洋地殻の厚さは5~8kmと薄く、大陸よりマントルに到達しやすいが、深海底の掘削は地上での作業よりも多くの困難を伴う。海洋での最深掘削深度は、地球深部探査船「ちきゅう」が2014年に紀伊半島沖南海トラフで掘削した3kmである。これまで人類は、地殻の下のマントルに到達できていない。
山崎准教授の主な研究対象は、人類未踏のマントルのなかでも、とくに深い下部マントルである。下部マントルはマントル全体の7割の体積を占めるため、地震や火山の噴火の原因となるマントル対流を理解するためには下部マントルを知ることが重要である。火山活動で生じるマグマは上部マントルの一部が融解したものであり、マグマを調べれば上部マントルの鉱物組成の一部を直接見ることができる。しかし、下部マントルを地上で採取することはできない。見ることも触れることのできないものを、どのように調べるのだろうか。
山崎准教授は次のように語る。
「上部マントルと下部マントルの化学組成については、同じという説と異なるという説の両方があり決着はついていませんが、私たちは同じであるという説に基づいて研究をしています。上部マントルと下部マントルでは鉱物にかかる圧力が違いますので、同じ化学組成でも別の性質の鉱物になります。高い圧力がかかると原子間の距離が縮まって、より緻密な構造に変化するからです。同じ炭素原子(C)で構成されているのにまったく違う性質を見せるグラファイト(黒鉛:鉛筆の芯に使われる)とダイヤモンドがよい例です。上部と下部のマントルの化学組成が同じであるならば、上部マントルの構成成分を、下部マントルと同じ高圧・高温の環境下で結晶化させれば、人工的に下部マントルの鉱物を作成することができるのです」
では、下部マントルの高圧・高温条件をどうやって再現するのだろうか。実験室を見せてもらった。 実験室にはさまざまなタイプの巨大な高圧発生装置が並んでいた。下の写真(上の2点)は、そのひとつ「六軸加圧装置」である。装置は巨大だが、圧力がかかるのは中央部のわずか数ミリ四方の空間である。
「この装置は上下左右合わせて六方向から押すことができるので、試料にまんべんなく圧力をかけることができます。精密な位置制御ができることから、50万気圧を越えるような高圧の実験に使用できます」
実験室には、他にも30万気圧の圧力を発生できるさまざまなタイプの高圧発生装置が並んでいた。下部マントルの上部は約24万気圧、最下部は約136万気圧と考えられているため、これらの高圧発生装置を用いれば下部マントルの上部を擬似的に再現することができる。
「上部マントルの主な構成成分として知られている『カンラン石』を下部マントルの温度圧力条件にさらすと、結晶構造が変化して『ブリッジマナイト』と『フェロベリクレース』と呼ばれる鉱物が7:3の体積比で混じったものに変化します」
このような高圧発生装置を使ってブリッジマナイトの単結晶を合成することもできる。高圧装置の中にブリッジマナイト組成の酸化物混合体と溶媒を入れる。すると、圧力をかけ始めて20時間で1ミリほどの小さなブリッジマナイトの単結晶を地上で採取することができるのである。
山崎准教授の共同研究者の辻野典秀研究員(岡山大学惑星物質研究所特別研究員)は、高圧実験で合成したブリッジマナイトを実験に用い、マントルに流れこむプレートの流動の方向決定につながる重要な手掛かりを得た。その成果は2016年10月に英国の科学雑誌『Nature』に掲載された。
プレートとは、地殻とマントル最上部を合わせた厚さ100kmほどの硬い板状の岩盤のことである。地球の表面は十数枚のプレートで覆われており、その上に海や陸地が乗っている。
「プレートは年に数センチというゆっくりとした速度で動いています。その結果、プレート同士がぶつかることもあり、その付近では強い力が働いて、地震が発生することが知られています。また、海溝と呼ばれる場所では、海洋プレートが他のプレートの下にもぐりこんでいき、マントルの中に沈んでいきます。この沈みこんだプレートを『スラブ』と呼びます」
スラブの存在する場所や形は、地震波トモグラフィーと呼ばれる技術によって明らかにされている。地震波トモグラフィーは、X線で物体の内部を撮影するCT(Computed Tomography:コンピュータ断層撮影)のように、大量の地震波のデータから地球の内部を画像化する技術である。
右の図の(a)~(d)はそれぞれ、トンガ-ケルマディック海溝(ニュージーランドの北方)、ジャワ海溝(インドネシアの西側から南側)、ペルー海溝(ペルーの沖合160km)、千島(Kuril)海溝(千島列島南岸から北海道南東部)で地震波から予測されたマントルとスラブの形状を示している。青い帯は海溝に沈み込んでいくスラブで、黄色の矢印が今回の実験から推定できたスラブの流れの方向である。
今まではスラブの場所や形状はわかっていたが、どのような力が加わってどう動いているのかまではわ かっていなかった。というのも、地震波トモグラフィーで得られるのは静止画像で、数百万年から数億年の地質学的時間スケールで動くスラブやマントルの動きはとらえることはできないからだ。ではどのような方法で、スラブの流れの方向を推定したのだろうか。
「スラブやマントルの動きを解明する重要な手掛かりとなるのが、スラブ付近で観測される地震波速度の異方性です。地震波速度の異方性とは、地震波の速度が、伝搬や振動の方向によって異なることを意味します。こうした異方性は、地球内部の結晶が、ある特定の向きに揃っているときに生じると考えられています。このように特定の向きに揃っていることを『結晶選択配向』と呼びます」
スラブ付近の鉱物が「結晶選択配向」を持つ、すなわち結晶が特定の方向を向いているということは、そこにあるものが変形していることが推測される。その変形こそがスラブの流れであると考えられるのだ。
「下部マントルの主要成分であるブリッジマナイトが結晶選択配向をもっているということは地震波の観測から推測されていましたが、それを裏付ける実験データは存在しませんでした。そこで、私たちは、合成したブリッジマナイトを高圧下で変形させる再現実験を行いました。変形したブリッジマナイトをX線で解析すると、たしかに『結晶選択配向』が起こることが確認できました。これはスラブやマントルの動きを突き止める、重要な成果だと考えています」
この成果を得るためには、下部マントル上部に相当する24万気圧という高圧を発生させるとともに、高圧条件下で試料に変形を加える必要があった。いずれも高度な技術が要求される作業である。そのため、高圧下で試料を変形させるプレス機能を備えた高圧発生装置をメーカーと共同で開発した。
「この研究所には、既製品以外の装置が多くあります。メーカーと協力し、欲しい機能を加えて改良しています。加工機も充実していて、思いついたことはすぐに自分で工作して実験します」
今回調べたのは下部マントルの上の部分であるが、今後は圧力領域をさらに拡大し、下部マントルの最下部の流動特性を調べるのが次なる目標だ。それには装置のさらなる改良が必要となる。山崎准教授は共同研究者とともに、まだ見ぬ世界を目指していく。
山崎准教授にどうして今の研究分野を選んだのかと尋ねてみると、しばらく悩んだ末に、「よく知らなかったから」という答えが返ってきた。
「昔から理科系が好きだったというのは間違いありません。それで北海道大学の理学部に入りました。北大では、どの学科に進むかは入学してから選ぶのですが、教養課程の成績の良い人から好きな学科に進学します。私は点数がよくなかったので選べる学科が限られていました。そのなかで、『地学』は高校での選択科目ではなく、何をやっているのかよく知らなかった。よく知らなかったから、やってみようと思いました」
最初は地表の岩石を研究していた山崎准教授だったが、あるとき、マントルを研究している先生が北海道大学で講義を行い、それを聞いて高圧実験に興味を持つようになった。
「講義ではプレートが押されて動いているのか、引っ張られて動いているのかを高圧実験で解き明かすことができるという話をしていました。もし押されて動いているなら圧力が高くなって融点が上がり、もし引っ張られているなら圧力が低くなるので融点が下がるのです。この話を聞いて、『なるほど高圧実験というのは面白いな』と思いました。大学院は高圧実験ができるところを探し、セミナーのテーマにマントル対流を選んだことがきっかけで今の分野に足を踏み入れ、そこからはなんとなく似たようなことをやっています」
よく知らなかったから選んだ結果、なんとなく20年以上も研究が続く――。
その言葉が、この分野の奥深い魅力を伝えている。研究内容を楽しそうに語る山崎准教授の話を聞いていると、巨大な装置に囲まれた研究室が、未踏の地に挑む探検家のキャンプ基地に見えてくる。
【取材・文:寒竹泉美/撮影:大島拓也】