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未踏の領野に挑む、知の開拓者たち vol.35
灯り、飲料水、省エネルギー。
次世代半導体がつくり出す、スマート未来
名古屋大学 未来材料・システム研究所
附属未来エレクトロニクス集積研究センター長 天野 浩 教授

2014年、3人の日本人研究者がノーベル物理学賞を受賞した。名古屋大学未来材料・システム研究所の天野浩教授はその一人である。
受賞理由は、青色LEDに必要な高品質な窒化ガリウム(GaN)の結晶創製技術を世界で初めて開発し、電力インフラのない世界に暮らす15億人に光を届ける可能性を開いたこと。LEDは白熱灯や蛍光灯に比べて電気エネルギーの光への変換効率が圧倒的に高く、送電線の届かないところでも、太陽光発電と蓄電池さえあれば、夜を明るくすることができる。
天野教授は、ノーベル賞に輝いた大発明後も次世代半導体開発に邁進し、オールジャパンの体制を率いている。

全人類に光を。青色LEDに賭けた想い

天野教授らの研究の結果、人類は省エネ効果の高い白色LED照明を手にすることができた。写真は、遊牧生活を営むモンゴルの家族のゲルの中で輝く白色LED電球。(写真は名古屋大学提供)

天野教授らの研究の結果、人類は省エネ効果の高い白色LED照明を手にすることができた。写真は、遊牧生活を営むモンゴルの家族のゲルの中で輝く白色LED電球。(写真は名古屋大学提供)

エジソンが発明した白熱電球により、人類の夜は明るくなった。20世紀の世界を照らしてきたのは、白熱灯や蛍光灯である。ただし、その光は、発電所と送電線のある地域にしか届かない。けれども21世紀に入り、全人類が光の恩恵を受けられるようになる。LEDランプのおかげである。
白熱灯は、その名が示すように電気をいったん熱に置き換えて光を出す。電力の多くが赤外線や熱として使われるために、光への変換効率が低い。これに対して、LEDは半導体そのものが発光するので、光への変換効率が高い。だから太陽光発電と蓄電池さえ用意できれば、発電所や送電線など電力インフラのない地域でも、夜を明るく灯すことができるのだ。
「赤色LEDと緑色LEDは早くから開発されていましたが、青色LEDが難題でした」と、名古屋大学未来材料・システム研究所の天野浩教授は語る。

LEDとは「Light Emitting Diode」の頭文字をとったものだ。直訳すれば「光を発する半導体ダイオード」となる。ダイオードとは、一方向にしか電流を流さない特殊な半導体のこと。このダイオードに使用する半導体の素材により、放出される光の波長が決まる。
青色光を出す半導体の素材としては、セレン化亜鉛(ZnSe)、炭化ケイ素(SiC)と窒化ガリウム(GaN)が早くから知られていたが、いずれも実用化には至っていなかった。 

大発明に要した、1500回もの失敗

基板となるサファイアと窒化ガリウム(GaN)の間に低温で堆積したバッファ層を挟むと、当時世界で最もきれいなGaN結晶ができた。(画像は名古屋大学提供)

基板となるサファイアと窒化ガリウム(GaN)の間に低温で堆積したバッファ層を挟むと、当時世界で最もきれいなGaN結晶ができた。(画像は名古屋大学提供)

LEDに使う窒化ガリウム(GaN)半導体は、基板にガス化した原料を吹き付け、高温で固めて結晶化する。問題は、その結晶化プロセスにある。基板に使われる元素と半導体素材で、それぞれの原子間隔が異なると結晶がうまく成長しないのだ。
半導体素材としてセレン化亜鉛(ZnSe)を使えば、基板である砒化(ひか)ガリウム(GaAs)との原子間隔の差は1%以下に収まるので、結晶を容易に成長できる。ただし、ZnSeで作られた青色LEDの寿命は、わずか10時間程度しかもたないため実用的ではない。また炭化ケイ素(SiC)は、もともと発光しにくい性質がある。
「SiCは元々光りにくい材料です。ZnSeとGaNは光りやすいが、ZnSeと比べて結晶の頑丈なGaNを素材に使えば、実用に耐えるに違いない。それが、長年のご研究から導き出された赤﨑先生の信念でした。ただし問題は、基板として使用するサファイアとGaNとで、結晶の格子定数が16%も異なることです。これほどの違いがあると、まさに木に竹を接ぐような話で、基板の上にきれいな結晶を成長させることはできません」
「赤﨑先生」とは、天野教授の恩師にして、天野教授とともにノーベル物理学賞を共同受賞した赤﨑勇博士のことである。
 
結晶を作る方法も重要だ。赤﨑博士は1973年から窒化ガリウム(GaN)の結晶成長に取り組んできた。最初に挑んだのは、半導体の結晶成長の際、原料を蒸発させて基板表面に照射して堆積させ、薄膜の形で成長させる「分子線エピタキシー(MBE)法」。次いで、ハロゲンを輸送媒体に使って半導体結晶を成長させる「ハロゲン輸送気相成長(HVPE)法」に挑んだが、いずれも狙いとするきれいな結晶は得られなかった。これらはともに、赤﨑博士が民間企業で取り組んだ研究だ。
その後、赤﨑博士は名古屋大学に赴任する際(1981年)、きわめて重要な決断を下す。それは、原材料を化学反応させて目的とする半導体材料を作る「有機金属化合物気相成長(MOVPE)法」の導入である。
「赤﨑先生は、学生に好きなように実験をさせてくださいました。当時は、青色LEDのための実験道具などなく、これを手作りすることから始めなければなりませんでした。実際、1年先輩の小出さんと一緒に装置を組み立てました。結晶成長に関わるパラメータは、装置構成はもちろんのこと、さらに基板の温度、ガスの流速や供給量など無数にあります。それらの最適解を求めるために実験を繰り返していました」

 

身振り手振りを交えて実験成功に気づいた瞬間の思い出を語る天野教授

身振り手振りを交えて実験成功に気づいた瞬間の思い出を語る天野教授

天野教授の実験は、大学院に進んでからも毎日続けられた。そして1500回を超える失敗を重ねた1985年2月のある朝、「事件」が起きた。実験結果を見た天野氏は最初、失敗歴がまた一つ増えたと思った。
「実験結果の表面があまりにもきれいだったので、しまった、原料ガスを流し忘れたとがっかりしました。ただ、念のために顕微鏡で見直してみると、どうも様子が違う。確かに真ん中のあたりは真っ平らで何も見えません。ところがエッジの部分を見ると、GaNのきれいな結晶ができていたのです。ついにできたという感動よりも何よりも、とにかく言葉が出てきませんでした」と、天野教授は世紀の発明の瞬間を振り返る。
人類が初めて、実用に耐える青色LEDを手に入れた瞬間である。

光だけではない、安全な飲料水をつくるLEDの力

青色LEDの開発が一段落した天野教授は、次の課題に取り掛かった。殺菌用の「紫外線発光デバイス」の開発である。殺菌効果のある紫外線を水に当てると、水中に潜む細菌を殺菌できる。そのために青色よりも波長の短い紫外線を、LEDを使って出すことを目指した。ただし、これも難題である。
「青色LEDの場合は、材料として窒化ガリウム(GaN)にインジウム(In)を混ぜた『インジウムガリウムナイトライド』を使います。この場合、700℃程度と比較的低温で結晶ができます。一方、紫外線LEDをつくるには、GaNにアルミニウム(Al)を混ぜた『アルミニウムガリウムナイトライド』を使用します。これを結晶化するには1200℃以上もの高温が必要です。ところが、ここまでの温度を出せる結晶成長装置がどこにも見つかりませんでした」
 
あちこち探しまわり、京都の装置メーカー・エピクエスト社が、採算度外視で結晶成長装置の製作を引き受けてくれた。装置に使う超高温に耐える部品にも特殊な材料が必要だが、これは岐阜のメーカー・イビデンが研究用として提供してくれた。装置とパーツが揃い、研究は一気に弾みが付く。現状では紫外線LEDを使い、手の消毒や家庭用の水道の殺菌ぐらいならできるレベルまで来ている。
今後の展望について、「大規模な浄水システムなどで使うには、より強力な紫外線を出す必要があります。世界中のどこでも清潔な水を使えるよう研究を進めているところです」と天野教授は語る。
 

電気のムダを搾り取る、画期的な省エネデバイス開発に挑む

『GaN研究コンソーシアム』では、紫外線発光デバイスからパワーデバイス、電波エネルギーにまで広がる次世代半導体の用途開発に取り組む。(画像は名古屋大学提供)

『GaN研究コンソーシアム』では、紫外線発光デバイスからパワーデバイス、電波エネルギーにまで広がる次世代半導体の用途開発に取り組む。(画像は名古屋大学提供)

2015年10月、窒化ガリウム(GaN)に関する産学官共創の枠組み『GaN研究コンソーシアム』が名古屋大学を拠点として発足した。大学・企業・府省が互いの垣根を超えたシステムを構築し、革新的な知の創出から社会実装までのプロセスを加速するのが狙いだ。その核となるのが、天野教授がセンター長を務める未来エレクトロニクス集積研究センターだ。
「このセンターで、青色発光デバイスや紫外線発光デバイスに続き、次世代パワーデバイスの開発にも取り組んでいます。いま使われているインバータ(交流⇔直流の変換に使われる機器)をGaNによる省エネパワーデバイスに置き換えれば、すべての電気・電子機器の電力利用効率をさらに高めることができます」
 
未来エレクトロニクス集積研究センター内で行われている、レーザー励起による窒化物半導体の発光特性評価(撮影のため、レーザーから目を守るために必要な保護メガネを外している。写真は名古屋大学提供)

未来エレクトロニクス集積研究センター内で行われている、レーザー励起による窒化物半導体の発光特性評価(撮影のため、レーザーから目を守るために必要な保護メガネを外している。写真は名古屋大学提供)

例えばパソコンを使う場合を想定してみよう。電柱から電線を引き込み、パソコンに電気が届くまでには、たいていインバータを2回経由し、パソコン内部でも直流電気の電圧変換のためにコンバータを2回経由することになる。インバータやコンバータを1回経由するたびに、一般的に電力は5%程度損失する。すると一回あたりの損失は5%程度でも、4回繰り返せば0.95✕0.95✕0.95✕0.95=0.815となり、電力損失はトータルで約20%になる。
天野教授らが開発に取り組むパワーデバイスは、変換時の電力損失を0.5%に抑えることを目指している。上の例と同じ計算式に当てはめれば、0.995✕0.995✕0.995✕0.995=0.98、電力損失はわずかに2%程度に収まる。まさに塵も積もれば山となる省エネ効果である。
「省エネパワーデバイスを実用化できれば、LEDの普及と合わせて2025年には日本の電力消費量を、2011年比で16%減らせます。これはエネルギー自給率が6%しかない日本にとっては、きわめて大きなインパクトを持ちます。実現のための課題は、低コストで品質の優れたパワーデバイスを大量生産すること。そのための研究をオールジャパンの体制で進めています」
 
意外に知られていないことだが、青色LEDはGaNに欠陥があっても実用性に問題なく光る。実際問題、現在使われている青色LEDは1平方センチあたり1億個以上もの欠陥がある。これでも結晶内部での光への変換効率は100%近い。ところが、パワーデバイスとして使うとなると、1億個もの欠陥は論外である。パワーデバイス生産時には、コストをかけずに欠陥の発生率を抑えなければならない。
「現時点で既に欠陥を1万個レベルまで抑えることに成功しています。1億個から比べれば、一気に進んだと言えないこともないでしょう。けれども、ここから先が難しい。1万個を0にしなければならないのか。あるいは1万個の内には、放置しても問題のない欠陥があるのか。欠陥を減らす方向と、致命的な欠陥を見極める方向で研究を進めています」と、天野教授は現状を語る。
 

イノベーションを加速する、世界最先端の研究手法

ナノレベルからマクロレベルまで物理現象を計算と実験で解明するプロセスインフォマティクスの手法を導入し、パワーデバイス実装を3年で目指す(画像は名古屋大学提供)

ナノレベルからマクロレベルまで物理現象を計算と実験で解明するプロセスインフォマティクスの手法を導入し、パワーデバイス実装を3年で目指す(画像は名古屋大学提供)

青色LEDでは、研究開始から実用化に至るまでに長い時間を要した。これに対してパワーデバイスは3年で社会実装にまで持っていく計画だ。そのために天野教授は、世界最先端の手法を2つ導入した。「プロセスインフォマティクス」と「ネットワーキングAI生産」である。
まず「プロセスインフォマティクス」について、天野教授は次のように説明する。
「結晶成長を効率的に進めるためには、その成長過程を原子レベルで理論的に解明する必要があります。GaNの原料となるガリウム(Ga)と窒素(N)は、いずれも化合物を使うために、原子レベルでさまざまな化学反応を起こしています。その反応を精密に把握するため、原子の動きを第一原理計算でシミュレーションします。一方で、実用化に際しては6インチや8インチサイズのウエハーを作ります。そこでマクロスケールでの反応プロセスを計算によって把握します。つまり、原子レベルから実物サイズまでのマルチスケールを統合し、コンピュータ上でシミュレーションするのです。その計算結果と実験結果を突き合わせて、結晶の成長装置設計に活用する。これは革新的な研究開発体制です」
 
パワーデバイス生産の全行程でのデータを収集し、AIで常時解析することで生産効率を高めるネットワーキングAI生産(画像は名古屋大学提供)

パワーデバイス生産の全行程でのデータを収集し、AIで常時解析することで生産効率を高めるネットワーキングAI生産(画像は名古屋大学提供)

一方の「ネットワーキングAI生産」では、ビッグデータとAIを活用する。GaN結晶の品質を決定する要因は、従来、流した原料の量やガスの流速などと考えられてきた。けれども、他のさまざまなデータも集めて解析した結果、たとえば冷却水の温度一つによっても品質が左右されることが明らかになった。
「いま企業が持っているデータを集めて解析しているところですが、結晶生成に関わるパラメータは、以前考えていたレベルより、2ケタほど増える可能性が出てきました。その中のどれが決定的に重要なのかを今後、AIを活用して分析していきます。プロセスインフォマティクスで成長装置を設計し、ビッグデータをAIで常時解析しながら生産効率を高める。いずれもパワーデバイスを可能な限り早い時期に社会実装するための仕組みです」
 

すべての失敗に、必ず何らかの発見があった

天野教授の原点は、1500回を超える実験の失敗にある。恩師の赤﨑博士は、学生時代の天野氏に対して、研究についてよりも、むしろ人の道について話されていたそうである。
「先生が話してくださったのは、人としてのあり方のような内容がほとんどで、その手の話になると熱中されて、話し始めると3時間ぐらいは平気でしゃべり続けられました」
いわば自由放任ともいえる研究体制の中で、どのように研究が進められていったのか。天野教授の手法は、かなり異例ともいえるやり方だった。
「最初のうちは、赤﨑先生が企業で勤められていた頃の同僚の方が、週に1度ぐらい研究室に来られて、指導してくださいました。ところが、私は何かアイデアを思い立つと、居ても立ってもいられなくなる性格なので、すぐに違う実験をしてみたりします。本当はパラメータが複数あるなら、1つずつ変えてコツコツと実験結果を積み重ねて行くのが筋なのでしょうが、今から考えてみると行き当たりばったりに進めていたのです」
 
研究に対しては、どこまでも厳しく決して諦めない。けれども普段は常に笑顔を絶やさない天野教授

研究に対しては、どこまでも厳しく決して諦めない。けれども普段は常に笑顔を絶やさない天野教授

夜遅くまで実験し、疲れ果てて下宿に帰って眠る。そして翌朝目が覚めた時には、実験の新しいアイデアを思いつく。まさに四六時中、実験のことだけを考え、起きている時間はひたすら実験に取り組む。元旦以外は実験に取り組んでいたという天野教授、何がそこまで駆り立てたのか。
「1500回以上失敗しましたが、どの失敗にも面白い発見がありました。だから失敗しても、少しも苦になりませんでした。苦しいと思うどころか、毎日実験が面白くて仕方がない。皆が知らないことをいち早く自分が知ることができる。これは何事にも代えがたい喜びでした。だから続けることができたのです」
好きこそものの上手なれという。研究は未知の世界につながる扉だ。その先に広がる新しい知へのあくなき好奇心が、今も天野教授を研究へと駆り立てる。
 
 
 
天野 浩(あまの ひろし)
名古屋大学 未来材料・システム研究所
附属未来エレクトロニクス集積研究センター長 教授
1983年、名古屋大学工学部卒業、1988年、同大学大学院博士課程後期課程単位取得満期退学、1989年工学博士。2002年、名城大学理工学部教授、2010年、名古屋大学大学院工学研究科教授、2014年、ノーベル物理学賞受賞、2015年より現職。
名古屋大学未来材料・システム研究所
http://www.imass.nagoya-u.ac.jp/
平成17年、学内措置の研究所として名古屋大学エコトピア科学研究所が設置される。平成18年に国立大学附置研究所として改組、平成27年、名古屋大学未来材料・システム研究所へ改組。自然と調和する豊かで安全な人間社会の持続的発展を支えるため、材料からシステムに至る領域の研究課題に取り組む。省エネに貢献するパワーデバイスの開発に取り組む未来エレクトロニクス集積研究センターと、電子顕微鏡技術などを駆使して基礎科学の発展を推進する高度計測技術実践センターを抱える。

【取材・文:竹林篤実/撮影:大島拓也】

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