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未踏の領野に挑む、知の開拓者たち vol.28
グローバル化時代に「ボーダー」を問う
境界がもたらす諸問題とは何か
北海道大学 スラブ・ユーラシア研究センター
岩下 明裕 教授

日本のまわりでは今、尖閣諸島や南シナ海など国境を巡る争いが深刻さを増している。国境とは文字通り、国と国を分ける境界である。空間を区切りたがるのは人間の本質的な性であり、ひとたび境界が引かれると、「こちら側」と「あちら側」には違いが育まれていく。その差異が引き起こす様々な問題を対象とする新しい学問領域「境界研究」について、日本のパイオニアである北海道大学スラブ・ユーラシア研究センターの岩下明裕教授に聞いた。

グローバル化という幻想

西日本新聞文化面では岩下教授のコラム「世界はボーダーフル」が2016年8月31日から連載中だ。

西日本新聞文化面では岩下教授のコラム「世界はボーダーフル」が2016年8月31日から連載中だ。

インターネットの普及により、世の中のグローバル化が一気に進んだ。今ではあらゆる情報が、瞬時に世界中を駆け巡っている。インターネット以前には想像もつかなかった状況が、現実のものとなった。これをもってグローバル社会の到来であるとか、世界がボーダーレス化したと言われることが多い。けれども、本当にボーダーレス社会が実現しているのだろうか、と岩下教授は疑問を投げかける。
「最もボーダーレスと思われがちなサイバー空間でさえ、実は厳格に境界が設定されています。たとえば中国へ行くと、FACEBOOKやLINEを使うことはできません。あるいはキーワード“習近平(シージンピン)”で検索しても、何も表示されないときもある。政府が検閲を行って管理をしているからです。あまり知られていませんが、日本でも違法ソフトは検索をかけてもヒットしないし、ある種のポルノサイトにはアクセス制限がかかっています。一見、ボーダーレスと思われがちなサイバー空間も、調べてみると実際はボーダーだらけ、つまりボーダーフルなのです」

物理的な制約のないサイバー空間でさえ、ボーダーで溢れてしまうのはなぜなのか。それはある意味仕方がないことなのだと岩下教授は続ける。
「空間があれば、それがリアルであれバーチャルであれ、とにかく線を引いて境界を作りたくなるのが人間の性です。だからグローバル化により世界がすべて一体化しているなどと考えること自体がおかしい。仮にそのように見えたとしても、実際には地域により差異があり、民族に違いがあり、それぞれの論理があるはずです。先般イギリスが国民投票によりEUからの離脱を決めましたが、こうした事態も特に驚くようなことではありません。そもそもイギリスは通貨におけるユーロ圏に入っていないうえに、域内において国境検査なしで国境を越えることを許可するシェンゲン協定も結んでいないのです。当初から隔たりのあったEUとの距離が、離脱宣言により少し開いただけと受け止めるべきです」

一般的にはグローバル化により、世界は一つになりつつあると考えられている。けれども、実態はそんな単純なものではないようだ。たとえば、『9.11』の米国同時多発テロのように、世界を揺るがす衝撃的な出来事でさえも、その受け取り方は国によって異なるのだ。確かにアメリカと関わりの深い国々にとっては極めてショッキングだったが、ロシアや中国にはさほど直接的なインパクトを与えなかったというのが、岩下教授の見立てだ。

境界にまつわる諸問題

岩下教授の研究室では大きな地球儀がひときわ目を引く。

岩下教授の研究室では大きな地球儀がひときわ目を引く。

「私は人間を『線を引く動物』と定義しています。線を引く際には、必ず2つの問題が立ち上がってきます。すなわち『どういう線を引くのか』と『引かれた線とどう付き合っていくのか』。これを考えるのがボーダースタディーズ、すなわち境界研究です。一般的には国と国との境界は国境であるため、わかりやすく日本語では国境学とも呼びますが、対象を国境に限ると問題の捉え方が狭くなってしまうので、境界研究と考えるとわかりやすくなります」
国境と境界の微妙な違いは、北方領土と接する北海道根室市を例に取ると理解しやすい。果たして根室市を国境の町と呼んでよいかと問いを立てたとき、その答えはどうなるか。現実問題として根室から目と鼻の先にある歯舞諸島や国後島は、ロシアが実効支配している空間であり、これらの島と根室の間には明らかに境界が存在する。けれども、この境界を少なくとも日本政府は国境として認めていない。

日本の最南端とされる沖ノ鳥島については今後、島なのか岩礁なのかを巡る国際的な議論が起こる可能性がある(Location of Okinotorishima.png,From Wikimedia Commons, the free media repository)

日本の最南端とされる沖ノ鳥島については今後、島なのか岩礁なのかを巡る国際的な議論が起こる可能性がある(Location of Okinotorishima.png,From Wikimedia Commons, the free media repository)

この事例が示すように、境界は領土問題と密接に関連している。その意味で、日本は境界に関していくつもの問題を抱えている。
「ロシアとは北方領土問題、中国とは尖閣諸島の領有権問題があり、韓国との間には竹島問題も抱えています。さらに今後、日本の南端とされる沖ノ鳥島も問題となる可能性があります」 その理由は、2016年7月にオランダ・ハーグの仲裁裁判所が下した判断に求められる。この判断は基本的に、南シナ海での中国の海洋進出を対象としたものだが、その中で島の定義が厳密に定められ、今後、岩礁は島とみなさないと明記された。この判断に基づくなら、日本最南端の領土である沖ノ鳥島も、島として認められなくなる可能性があるのだ。
「判決は、法的にこれ以上ないほど精密に構築されています。従って南シナ海での中国の領有権主張や人工島建設などについて国際法に違反するとした判断に対して、中国に反論の余地はないでしょう。しかも、南シナ海の岩礁を中国の領土として認めない論拠として『沖ノ鳥島は岩礁であり島としては認めない』という中国のこれまでの主張を採用しているため、中国としては、この判断を否定するのも論理的には容易ではありません。もとよりこの判断は仲裁裁判なので拘束力はありませんが、境界研究に携わる人間としては、世界に対して今後、海の取り合いはやめようという強いメッセージが発せられたものとして受け止めています」

ウェストファリア条約という「フィクション」

北海道大学博物館内に展示されている、かつて樺太に設置されていた大日本帝国とロシア帝国の間の境界標識。

北海道大学博物館内に展示されている、かつて樺太に設置されていた大日本帝国とロシア帝国の間の境界標識。

空間を明確に境界づけ、その空間内の人や物を権力が排他的に管理する。このような空間管理のコンセプトのルーツは、1648年に30年戦争の講和条約として締結されたウェストファリア条約に求められる。ただヨーロッパで生まれたこのコンセプトは、必ずしも実態に即したものではなく、一種の言説だったことが今では明らかになっている。
「国民国家を作るような形での空間の仕切り方は、現実問題としてはなかなかうまく機能しないのです。なぜなら、そこには必ず同じ国民とはいえ異なる宗教を持つ様々な民族が含まれるからです。そうした人たちを一律の条件で統括することには無理があります」

そもそも、国境とはどのようにして作られてきたのか。一つの国が拡大し、領土を広げていく。その先端がフロンティアと呼ばれる空間である。ところが、他の国も同じように領土拡大に乗り出したとき、どこかでフロンティア同士がぶつかる。かつて日本が領土を広げたときには、ロシアとぶつかり、新たな境界が制定された。このときに定められた国境が、現在の北方領土問題につながっている。
「ただし、地球には限りがありますから、フロンティアはいずれなくなります。すると相手の領域を奪ったり、買い取ったりして国境が変わることもありました。一方でラテンアメリカやアフリカでは、かつての植民地が独立する際に人工的に国境線が引かれました。これは、植民地が独立する場合、植民地時代の旧行政区画(植民地の境界線)が独立国の国境線となるという『ウティポシデティスの原則』が適用されたからです。ソ連が崩壊したときも、旧行政線に基づいて新たな国が生まれました。旧宗主国によって勝手に引かれた線とはいえ、ひとたび国境が定まると、その両側には異なる社会が形成され、新たな権力空間において排除と包摂が始まります。たとえばバルト三国にいたロシア人は、国境が定まった瞬間から、旧ソ連時代に認められていた権利は奪われたわけです」

境界の「あちら側」への眼差し

北海道大学博物館内にあるスラブ・ユーラシア研究センターの展示コーナーには、海や陸地の凸凹が精密に表現された巨大な地球儀がある。これをみると日本と大陸の位置関係がよくわかる。

北海道大学博物館内にあるスラブ・ユーラシア研究センターの展示コーナーには、海や陸地の凸凹が精密に表現された巨大な地球儀がある。これをみると日本と大陸の位置関係がよくわかる。

国境のこちら側とあちら側に異なる社会が生まれる。そのことによって、境界は、砦になることがあれば、ゲートウェイ(入り口)として機能することもある。ボーダースタディーズでは、境界が秘めるこうした透過性が研究対象となる。何をどう通すのかを考えるこの新しい学問領域は当然、政治学、国際学、社会学、人類学などをカバーすることになる。
「人間は社会的な動物だから、線引きをすることによって最小限の社会、まず家族を作ります。そこからいろいろな線引を重ねることによって、様々なコミュニティを作る。それらコミュニティが重層的にからみあってできるのが国家です。こうした国家と国家の境界に関わる問題を学究的に捉える上でもう一点、忘れてはならないのが、あちら側の視点を常に意識することです」

たとえば日中問題について考えるなら、中国の膨張主義とも思える行動は、日本から見れば容易には理解できない。けれども、中国の視点で物事を捉えるとどのように見えるのか。中国には中国のロジックがあるのだ。
「中華人民共和国が建国されて以来、長い間中国は弱い立場に置かれてきました。彼らは自分の置かれている立場が不平等だと感じている可能性が高い。排他的経済水域(EEZ)をめぐる海域の確保にも出遅れたと考えているのでしょう。だから、その巻き返しに出ている。日本から見れば、現状の既成秩序に対して、中国は挑戦的な態度を取っているように思える。けれども、中国からすれば、その既成秩序自体が押し付けられたものとしか見えない。相手の視点を少しでも持とうとすれば、境界問題がこうした相対的な関係の上で引き起こされていることははすぐに分かるはずです」

新潟新聞に掲載された自身のコラムを参照しながら、ボーダーツーリズムについて熱く語る岩下教授。

新潟新聞に掲載された自身のコラムを参照しながら、ボーダーツーリズムについて熱く語る岩下教授。

北海道大学博物館内にはボーダーツーリズムに関する資料や映像も多数展示されている。

北海道大学博物館内にはボーダーツーリズムに関する資料や映像も多数展示されている。

国境の見方を変える「ボーダーツーリズム」

「境界で起こっている事態を理解するためには、とにかく現地に行ってみることです。たとばサハリンが見える稚内にはロシア語の看板があふれていて、台湾の見える与那国島の人たちは、台湾の人々と兄弟のように酒を酌み交わしています。国境の島である対馬には、韓国人旅行客が多数訪れているために、一部では対馬が韓国に乗っ取られるなどと危機感を煽り立てる人もいます。けれども、実際に対馬に行くと何が見えてくるか。韓国人がいる昼間、町は賑やかですが、最終便の帰国船が出てしまうと、町は閑散としてしまう。こうした実態を現地で自分の目で見ることが、ボーダースタディーズの第一歩です」
境界で起こる問題を理解するためには、境界のあちら側とこちら側の視点の違いを認識することが欠かせない。韓国と北朝鮮が対峙する板門店も、南から見るのと、北から見るのとでは風景がまったく違って見える。国境を巡る問題を、様々な角度から分析することで、解決策につながる道筋を見出そうとするのがボーダースタディーズである。この新たな学問領域の普及と、国境を巡る問題を世に広く考えてもらおうと岩下教授が取り組んでいるのが、ボーダーツーリズム(境界観光)の振興である。
「たとえば対馬の実態を知ってもらうには、そこに足を運んでもらう必要があります。そこで考えたのが、国境の島・対馬を韓国へのゲートウェイとして位置づけるツアーです」

対馬は福岡まで130キロほどあるのに対して、対馬北端から釜山まではわずかに50キロメートルである。実験的に企画された福岡→対馬→釜山→福岡のツアーは、多くの参加者を集めただけでなく、参加者から知的好奇心を刺激する旅として大好評となった。
「ボーダーツーリズムは、身体感覚としてボーダーを越える、見るという行為に加えて、国家を取り巻く、あるいは国家と社会の中にある、様々なボーダーに気づき、それを考える一種のアカデミックツアーです。これにより、境界地域の活性化に加えて、参加者のボーダーに対する意識を高め、境界地域に暮らす人々にとっての空間の意味を徹底的に考えさせる。ツアーを通じて、ボーダースタディーズに対する関心を根付かせたいのです」と岩下教授は、ツアーの狙いを説く。

北朝鮮から見た中国、中国から見たロシアの姿

外交や国際法に関するソ連研究からスタートし、やがてロシアとアジアの関係から中ロ国境問題に至るまで岩下教授の関心領域はユーラシアに向かう。そして今は世界の境界問題を考えている。

外交や国際法に関するソ連研究からスタートし、やがてロシアとアジアの関係から中ロ国境問題に至るまで岩下教授の関心領域はユーラシアに向かう。そして今は世界の境界問題を考えている。

九州大学アジア太平洋未来研究センターにおいて岩下教授は、ボーダースタディーズ・モジュールリーダー(北海道大学スラブ・ユーラシア研究センターとのクロスアポイントメント)として紹介されている。

九州大学アジア太平洋未来研究センターにおいて岩下教授は、ボーダースタディーズ・モジュールリーダー(北海道大学スラブ・ユーラシア研究センターとのクロスアポイントメント)として紹介されている。

岩下教授は熊本で生まれ、南九州で育った。この出自が、境界に興味をもつようになった原点だという。
「南九州というのは、日本の内地の端っこでしょう。古くは熊襲や隼人がいた土地で、大和には入っていなかったところですから」
やがてソ連研究に携わるようになり、1991年のソ連崩壊を現地で目の当たりにする。ちょうどその頃、北朝鮮に日本から直接入るルートができた。以前の日本のパスポートには「EXCEPT NORTH KOREA(北朝鮮を除く)」と記されていたが、これが解除されたのだ(今も日本から北朝鮮への入国は可能。但し、渡航には制限や自粛が政府からかけられている)。
「北から見た板門店は、南から見える風景とは、ずいぶん違っていました。その後、平壌から丹東に抜けて中国についた瞬間、なんと自由で豊かな国かと感動したのです。北朝鮮と比べれば、改革開放が進んでいない1991年時点の中国でさえ自由に見えたのです。この体験から、境界を両側から見るおもしろさに気がつきました」
その後、中国からロシアを見に行く。そして国境となるアムール川の凍結した姿を見て、向こう側に行ってみたいと強く思った。この時から中ロ国境を巡る研究を手がけるようになる。中ロが40年もの時間をかけて国境問題を解決したプロセスの研究は、後に記された著書『北方領土問題:4でも0でも2でもなく』として結実している。

今、岩下教授は北海道大学と九州大学のクロスアポイントメントとなっている。クロスアポイントメントは国立大学の機能強化を図るために導入された制度であり、簡単に言えば 2つの大学に同時に教授として教育・研究に従事し、双方から報酬を得る制度である。人文社会系ではおそらく初めて、しかも北海道と九州と南北に2000キロも離れた大学でのクロスアポイントメントは画期的な事例だ。
「境界は、日本の南西と北東にあります。だから境界研究を進めるために、北海道と九州に研究拠点を持つことは大きなメリットになります。日本ではまだ新しい学問領域であるボーダースタディーズの基盤を固め、ボーダーツーリズムを通じて社会的な実効性も高めていく。さらにはボーダースタディーズにおける北東アジア地域のコミュニティも作っていきたいと考えています」
境界研究のパイオニア岩下教授の取り組みこそは、まさに新たな知のフロンティアの探求であり、新たな知の枠組み作りにほかならない。

 

岩下 明裕(いわした あきひろ)
北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター/九州大学アジア太平洋未来研究センター
教授

1992年、九州大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学、法学博士。2001年、北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター助教授、2003年より現職。後にブルッキングス研究所北東アジア研究センター客員研究員を勤め、第6回大佛次郎論壇賞、第4回日本学術振興会賞を受賞。

北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター
http://src-h.slav.hokudai.ac.jp/

日本唯一の総合的なスラブ地域研究機関である。1953年、北海道大学に組織されたスラブ研究室に端を発し、1955年、北海道大学法学部附置スラブ研究所として官製化され、1978年にスラブ研究センターと改称される。旧ソ連・東欧研究の総合的学際的研究の国際的な拠点であり、国際シンポジウムや研究会・講演会を多数開催している。2014年にスラブ・ユーラシア研究センターに改称され、現在に至る。

【取材・文:竹林篤実/撮影:島田拓身】

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