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未踏の領野に挑む、知の開拓者たち vol.19
極小の原子核の世界から宇宙の謎に迫る
大阪大学 核物理研究センター
民井 淳 准教授

質量の大きな星が寿命を迎えると、「超新星爆発」という爆発を起こし、多くの場合、そのあとに中性子星という星が残る。中性子星は重い元素を生み出す源でもあり、宇宙を理解する上で重要な存在だが、いまもわからないことがとても多い。その中性子星を知るカギが、じつは原子核にあるという。両者の大きさは全く異なるものの、構造に類似性があるからだ。
そうした視点による原子核の研究で、いま世界で最も注目される結果を出している研究者がいる。大阪大学核物理研究センターの民井淳准教授だ。原子核とはどのような世界で、いったい宇宙とどうつながっているのか、話を聞いた。

原子核は、2種類の粒子がまざってできた「液体」である。

図1 <原子・原子核の構造> 原子の中心にはその質量のほぼ100%を占める原子核が存在し、その周りを電子が雲の様に取り巻いている。原子核は陽子と中性子が集まってできている。陽子と中性子は粒の様に描かれることが多いが、実際には原子核全体に広がった液体のイメージの方が近い。上の原子核の図は、重い原子核の例。後述のように重い原子核は一般に周囲が中性子で覆われている。軽い原子核には「中性子の皮」はない。(民井准教授提供)

図1 <原子・原子核の構造> 原子の中心にはその質量のほぼ100%を占める原子核が存在し、その周りを電子が雲の様に取り巻いている。原子核は陽子と中性子が集まってできている。陽子と中性子は粒の様に描かれることが多いが、実際には原子核全体に広がった液体のイメージの方が近い。上の原子核の図は、重い原子核の例。後述のように重い原子核は一般に周囲が中性子で覆われている。軽い原子核には「中性子の皮」はない。(民井准教授提供)

原子の中心には原子核があり、その周りを電子が回っている。
中学や高校の理科の学習を通じて、それは少なからぬ人がご存知だろう。そして原子核が陽子と中性子からできているということも広く知られたことであろう。
しかし、陽子と中性子がどのようにして原子核を形作っているのか。そうなるととたんにわからなくなる。そこには、とても複雑で不思議な世界が広がっている。
「極微小な原子核は、量子力学が支配する不思議な世界です。陽子と中性子という粒子が自由に飛び交っている世界でもあり、同時に、両者が溶け合っている世界でもあります。イメージとしては、陽子と中性子という2種類のものが混ざってできた液体の粒のように思ってもらえたらよいでしょう。水とアルコールを混ぜた液体を想像してもらってもよいかもしれません」
民井准教授は原子核のイメージを、まずそのように説明する。原子核は陽子と中性子が混ざり合った液体、と考える。そしてそれは状態によって球形になったり楕円形になったりと形を変える。さらに、外からエネルギーを与えると、形が変わる以外にも、回転したり振動したりといろいろなことが起こるという。
民井准教授は、原子核にエネルギーを与えるときに起きる変化について調べている。特に、「電気応答」といって、外から電場を与えたときにどのような変化が起きるのかを調べることが、いまの中心的な研究内容である。
「原子核内の陽子と中性子に、外から電気的な変化を与えると、陽子の集団と中性子の集団がそれぞれ異なる塊として別々に振動するという現象が起こります。水とアルコールが混ざった液体を外から突いても、水の塊とアルコールの塊が別に動くようなことはありませんが、原子核の世界ではそういう現象が起こるのです。それを、電気応答の中でも特に、『電気双極子応答』と呼んでいます」

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「この説明で、理解していただけますでしょうか」。複雑な内容をわかりやすく伝えようと、身振り手振り、比喩を使って丁寧に説明してくださる民井准教授。

原子核に高速の陽子をぶつけるとどうなるか

エネルギーを与える方法として民井准教授が行っているのは、高いエネルギーを持つ陽子を原子核にぶつける方法だ。陽子は原子核に衝突すると跳ね返ってどこかに飛んでいくが、そのとき陽子は原子核にエネルギーを与える。エネルギーを与えたことによって変化した状態を「励起状態」と呼び、そうして生じた励起状態における原子核の反応を見るのである。
原子核の反応は、与えるエネルギーの大きさによって変わる。そのため、あらゆる大きさのエネルギーを与えてその応答を見ると、与えたエネルギーの大きさと反応の関係が得られることになる。その関係をグラフにした例が図2である。

図2 鉛208の原子核にエネルギー300MeVの陽子ビームを当てたときの応答の様子。横軸が、陽子が与えたエネルギーで、縦軸が原子核の反応の大きさ。与えたエネルギーの大きいところで「巨大双極子共鳴」、低いところで「ピグミー双極子共鳴」がそれぞれ起きている。(民井准教授提供)

図2 鉛208の原子核にエネルギー300MeVの陽子ビームを当てたときの応答の様子。横軸が、陽子が与えたエネルギーで、縦軸が原子核の反応の大きさ。与えたエネルギーの大きいところで「巨大双極子共鳴」、低いところで「ピグミー双極子共鳴」がそれぞれ起きている。(民井准教授提供)

これは、鉛208の原子核についての結果である。鉛は原子番号が82。つまり、この原子核には陽子が82個、中性子が126個ある。与えたエネルギー(横軸の「励起エネルギー」)の大きさによって、反応の強さ(縦軸の「微分散乱断面積」)が違うことがグラフよりわかる。
与えたエネルギーが高い方(グラフの右側)では、全体的に反応は強く、エネルギーごとの励起状態(=励起強度)は緩やかに大きなピークを作っている。一方、低い方(グラフの左側)では、複数のところで局所的に励起強度が大きくなる一方、ほとんど無反応のところもある。
この両者では、原子核に起きている現象が異なっている。エネルギーの高い方は「巨大双極子共鳴」、低い方は「ピグミー双極子共鳴」(「ピグミー」は「小さい」の意)と呼ばれる。
「巨大双極子応答に関しては、60年代ぐらいから実験でも多く調べられてきたので、その様子はだいぶわかってきています。ほとんど重なった状態にある陽子の塊と中性子の塊がそれぞれ単振動しているのです。最初は同じ場所にあった重心が少しずれ、それぞれ振動しているという状態です」

図2 鉛208の原子核にエネルギー300MeVの陽子ビームを当てたときの応答の様子。横軸が、陽子が与えたエネルギーで、縦軸が原子核の反応の大きさ。与えたエネルギーの大きいところで「巨大双極子共鳴」、低いところで「ピグミー双極子共鳴」がそれぞれ起きている。(民井准教授提供)

図3 重い原子核。一般に中性子が陽子より多く、余った中性子が外側に皮のような部分を作っている。(民井准教授提供)

一方、ピグミー双極子共鳴については、いろんな原子核の中にそういう現象があるらしいということが、ここ10年ぐらいでようやくわかってきた。
「こちらも単振動なのですが、起きていることは巨大双極子応答とは少し異なります。重い原子核は、陽子の数よりも中性子の数の方が多いものが多いのですが(例:鉛208は陽子82個、中性子126個)、そのとき余った中性子が表面に中性子ばかりの層を作ります。その外側の殻のような層と、陽子と中性子の両方からなる中心部分とに分かれ、それぞれが単振動している状態にあるのがピグミー双極子共鳴だと考えられています」

これまでも、様々な方法で励起状態の全体像が調べられてきたが、エネルギーの低いところに関しては十分にわかっていなかった。おそらくピグミー双極子共鳴のようなことが起こっていそうだと予測はされていたが、はっきりと確認はできていなかった。しかし、民井准教授が行った、陽子をぶつけるという方法によって、ピグミー双極子共鳴についての詳しいデータが得られたのである。じつはこの部分を調べることが宇宙のなぞを解くことにつながるのだ。

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図4 陽子ビームが衝突することで原子核が振動する様子(図では陽子ビームは原子核の脇を掠めている場合を示しているが、突き抜ける場合もある)。原子核は陽子からエネルギーを得て振動する。この図では、中性子の皮と中心部が別々に振動するピグミー双極子応答の様子を示している。(民井准教授提供)

原子核を調べることで、中性子星の謎に迫る

現在民井准教授が、原子核を調べることで解明を目指しているのは、中性子星の性質である。中性子星とは、主に中性子からできた星のこと。質量の大きな恒星がその寿命の最後に起こす超新星爆発のあとで生じる星だ。星はその寿命の最後に自らの重力でつぶれていくが、そのとき、陽子と電子が重力でくっついて大量の中性子が作られる。それが爆発後に残って中性子星になる。
そしてこのとき、中性子を過剰に持つ原子核もつくられるが、中性子を多く含む原子核は不安定だ。そのような場合、過剰な中性子は、電子と素粒子ニュートリノを放出しながら陽子に変わることが知られる。この現象を「β(ベータ)崩壊」と呼び、それによって原子核が安定状態になる。その結果生じるのが、陽子を多数持つ重元素だ。じつは私たちの身の回りにある重い元素、たとえば金(原子番号79)やウラン(原子番号92)など、鉄(原子番号26)より重い元素は、この超新星爆発や中性子星連星の合体の際にできたと考えられている。そのため、超新星爆発によって誕生する中性子星は、われわれの身の回りにある重元素の起源を知るうえでも、非常に重要な情報を持っていると考えられているのである。
「中性子星は、簡単にいえば、巨大な原子核のようなものです。原子核の陽子や中性子が互いに強い相互作用と呼ばれる力で結びついているのに対して、中性子星は重力で結びついているという違いはありますが、密度はだいたい原子核程度からその数倍です」

図5 中性子星。ほとんどが中性子でできた星であるが、内部の構造は上のようになっていると考えられている。中性子星は密度が原子核と同程度から数倍であり、中性子でできた巨大な原子核のようなものと捉えることができる。質量は太陽と同程度だが、半径は10kmほど。自転し、かつ強い磁場を持つため、左図のようなパルスを発生させる。このパルスによって地球から観測できる。(民井准教授提供)

図5 中性子星。ほとんどが中性子でできた星であるが、内部の構造は上のようになっていると考えられている。中性子星は密度が原子核と同程度から数倍であり、中性子でできた巨大な原子核のようなものと捉えることができる。質量は太陽と同程度だが、半径は10kmほど。自転し、かつ強い磁場を持つため、左図のようなパルスを発生させる。このパルスによって地球から観測できる。(民井准教授提供)

中性子星にも陽子は多少あるものの、ほぼ中性子の塊といえる。この星の性質を探るには、中性子だけでできた物質についての知見が必要だ。しかし、われわれの身近にはそうした物質はほとんど存在しない。そこで原子核を使うのである。すでに述べたように、原子核の表面には、中性子だけの層がある。そこをうまく使って分析すると、中性子だけの物質の性質がわかるのである。
「原子核も中性子星も、その状態はじつは同じ方程式(=状態方程式)で記述できます。つまり原子核を詳しく調べることによってその状態方程式の性質を引き出せれば、中性子星にも応用できるはずです。ピグミー双極子共鳴においては、中性子のみでできた外殻部分の振動が起きているので、ここから得られる情報が、中性子の星の状態方程式と密接にからんでいるのではないかと言われています」

民井准教授が確立した方法には、もう一つの大きな意義がある。それは、エネルギーの高いところから低いところまで、励起状態の全体を一挙に調べられることである。図2のように、エネルギーごとの励起状態(=励起強度)が全体に渡ってわかると、それを全て足すことで、励起させる前の元の原子核の性質が見えてくる。すなわち、民井准教授の実験手法によれば、原子核の性質をつぶさに調べていくこともできるのだ。

では、ここでいう「元の原子核の性質」とは何だろうか。
「普通の電磁気学では、たとえば物質をコンデンサーの中に入れるなどして電場を与えると、物質の中のプラスの部分とマイナスの部分が少しずれます。それを分極といい、同じことが原子核にも起きます。原子核を電場のなかに入れると、中性子と陽子の重心が少しずれますが、電場の強さに応じてどこまでもずれるわけではなく、ずれを引き戻そうとする力が働きます。その力は『対称エネルギー』と呼ばれ、その大きさはそれぞれの原子核が持っている固有の性質です。それが調べたい『元の原子核の性質』の一つです」
ただし、原子核を電場の中に直接入れてずれを調べることは、現在は実現できていない。だからこそ、励起状態の全体像を調べる意味がある。励起強度の総和がわかれば、そこから対称エネルギーを導く方法が既にに確立されている(「和則」と呼ばれる)。つまり、励起状態の全体を調べることによって、原子核固有の性質である対称エネルギーを知ることができるのだ。ここに、民井准教授が確立した手法の意義がある。
原子核の対称エネルギーを知ることもまた、中性子星の性質の解明に関係する。対称エネルギーは、陽子を中性子に入れ換えた時の状態方程式の変化を表しているので、対称エネルギーを調べることで、ほぼ中性子だけから成る中性子星の性質を調べることができるからである。

この部屋では実験の経過を監視できる。各研究者は、それぞれの目的に応じた実験を同じ装置を使って行っている。互いに協力し合うことで効率よく実験が行える。

この部屋では実験の経過を監視できる。各研究者は、それぞれの目的に応じた実験を同じ装置を使って行っている。互いに協力し合うことで効率よく実験が行える。

数週間でデータを取り、数年かけて解析する

図2再掲(横軸が陽子が与えたエネルギーの大きさで、縦軸が、その事象がどれだけの頻度で生じたかに相当する)

図2再掲(横軸が陽子が与えたエネルギーの大きさで、縦軸が、その事象がどれだけの頻度で生じたかに相当する)

リングサイクロトロン。陽子はここで光速の70%にまで加速される。そのあと、原子核との衝突に向かう。乱反射のないきれいなビームを安定的に供給する性能は世界一。

リングサイクロトロン。陽子はここで光速の70%にまで加速される。そのあと、原子核との衝突に向かう。乱反射のないきれいなビームを安定的に供給する性能は世界一。

高分解能スペクトロメータ「グランドライデン」(4つの水色の箱状の装置のうち左の3つ)。リングサイクロトロンで光速の70%にまで加速された陽子が、中央右側のパイプを写真手前から奥に向かって飛んでいく。それがその先にある銀色の小さなタンクの中で原子核と衝突する。そして出てきた陽子をグランドライデンで検出する。

高分解能スペクトロメータ「グランドライデン」(4つの水色の箱状の装置のうち左の3つ)。リングサイクロトロンで光速の70%にまで加速された陽子が、中央右側のパイプを写真手前から奥に向かって飛んでいく。それがその先にある銀色の小さなタンクの中で原子核と衝突する。そして出てきた陽子をグランドライデンで検出する。

ではここで、原子核に陽子をぶつけるという実験が実際にどう行われているのかを見ていこう。
基本的には、陽子のビームを原子核に衝突させて、跳ね返ってくる陽子がもつエネルギーを測るという方法となる。
「陽子のビームは、一秒間に10の10乗個、すなわち100億個ほどの陽子を出します。しかし原子核にぶつかって跳ね返り、検出できるのは、そのうち1000個ぐらいでしかありません。その1000個については、一つひとつ検出したときに持っているエネルギーを知ることができます。また、もともとビームが持っているエネルギーはわかっているので、最初のエネルギーから検出された陽子の持っているエネルギーを引いた値が、その陽子が原子核に与えたエネルギーとなります。そうしたデータをたくさん集めていくと、最終的には『この大きさのエネルギーを与えた陽子が何個あったか』ということがあらゆるエネルギーについてわかります。つまり、どの大きさのエネルギーをどれくらいの確率で与えたのかということがわかり、それが反応の全体像となるわけです。そうして図2のようなグラフが得られることになるのです。

実験はすべて大阪大学核物理研究センターの施設によって行われている。陽子の加速は、AVFサイクロトロンとリングサイクロトロンという二つの加速器による。まずはAVFサイクロトロンによって光速の30%ほどの速さまで加速され、それがメインとなる加速器であるリングサイクロトロンに入り、光速の70%まで加速される。その状態で原子核に衝突させたあと、高分解能スペクトロメータ「グランドライデン」という装置によって、出てくる陽子を検出するのである。

「この装置を使って1週間の実験を2回行い、鉛の原子核のデータを取得しました。実験を実施したのは2006年と2008年にそれぞれ1回、論文を発表したのは2011年でしたから、解析に4年ほどかかったことになります。その後は、スズ120、ジルコニウム90などの原子核について、同じように励起強度のデータを取得しました。実験や解析の手法に慣れてきて、サイクルは短くなりましたが、それでもひとつの原子核で結果を発表するまでに、2,3年程度はかかっています」
正確なデータを得るには、サイクロトロンにもスペクトロメータ(検出装置)にも高い精度が要求される。民井准教授の実験に必要な高い精度や高品質のビームを作れるのは、世界でも大阪大学のこの施設だけだという。そのため核物理学の研究者が世界中からこの施設を使った研究のために大阪大にやってきている。

実験するたびに新しいことが見つかるのが原子核

取材時、ドイツ、オランダ、イタリアから核物理学の研究者たちが、センターの施設で実験をするために訪れていた。互いに長年同じ分野を開拓し続けてきた同志らしく、和気藹々とした雰囲気に満ちていた

取材時、ドイツ、オランダ、イタリアから核物理学の研究者たちが、センターの施設で実験をするために訪れていた。互いに長年同じ分野を開拓し続けてきた同志らしく、和気藹々とした雰囲気に満ちていた

現在は、上に書いたもの以外の原子核のデータも取って解析しているところだという。鉛208、スズ120、ジルコニウム90など、これまで発表してきたものは、みな「球形核」といい、球形のもっともわかりやすい原子核である。今後は、変形した核や、また同じ元素でも中性子の数が多い同位体の場合はどうなるかなど、さまざまな原子核のデータを取っていく予定だと、民井准教授は話す。
民井准教授が発表した結果は、中性子星を研究する多くの研究者に引用され、その結果、中性子星の状態方程式について理解は進んでいる。
「中性子星の状態方程式に関してはだいぶわかってきていると思います。しかしまだ我々はいくつかの原子核で調べただけなので、より多くの原子核について調べ、すべてを統一的に理解できる理論を構築することが必要です。それが正しいと確信が持てるようになったうえで中性子星に応用したら、中性子星の性質についてもよりはっきりしたことがわかってくるはずです。ただ、新しい疑問はどんどん出てきます。ピグミー双極子応答は原子核を変えていくとどうなるか。ほんとにどの原子核にもあるのか。そういうこともまだまだわかっていません。ピグミー双極子応答が本当に中性子の層の振動なのかの証拠を得るための実験もいま企画していて、今年後半に実施する予定です。中性子星以外についても、原子核そのものの構造にも興味があります。陽子と中性子が対流しているというか、渦を巻いている状態もあると言われているのですが、その証拠はまだ見つかってなくて……。実験するたびに、説明できない新たな謎が次々と出てきます。それが原子核の面白さなのだと感じます」

実験とは、「それは本当ですか?」と自然に問いを投げること

取材時、ドイツ、オランダ、イタリアから核物理学の研究者たちが、センターの施設で実験をするために訪れていた。互いに長年同じ分野を開拓し続けてきた同志らしく、和気藹々とした雰囲気に満ちていた

修士課程に入ったばかりの大学院生たちが基礎実験を学んでいる様子。γ線を飛ばし、それが検出器に入ったことを確認している。民井准教授が優しく丁寧に指導しているのが印象的だった。

民井准教授が原子核の研究へと進むことなるきっかけには、一冊の本との出合いがあった。
「高校2年のとき、湯川秀樹先生の『素粒子』という本を読み、原子核、量子力学の世界というものを知りました。粒子が波であり、波が粒子である。そのような説明を読んで、これは面白いなと感じたんです。この分野に進もうと思ったのは、それが一つのきっかけです」

民井准教授は、その前からコンピュータのプログラミングが好きだった。当時は80年代。プログラミングはいまのイメージとは随分違ったようだ。
「父が買ったコンピュータを自分が占拠してしまったのですが、いまのようにプログラミング言語を使える環境が手元にはなく、パソコンのスピードが遅かったこともあり、機械語と呼ばれる言語を使っていました。機械語には掛け算の命令もなく、そのためのプログラムを自分で作るところから始めて、物理学に関して気になる問題の数値計算などをコンピュータに解かせていました。湯川先生の本に出会ったのはそんなころです。コンピュータから原子核、素粒子といった分野に興味が移っていきました」
そして学部4年のとき、指導教員が原子核の実験をやっていたことから、本格的にこの分野へと入っていったという。物理学には実験と理論の大きな流れがあり、原子核の分野でもそれは同様だ。民井准教授は実験の分野にいる。実験の面白さとはなんだろうか。
「実験の役割は、自然についての我々の理解が正しいかどうかを自然に対して質問することだと思っています。理論の人が、原子核はこうなっているのだろう、こういうことが起きているのだろうということを、モデルを立てて説明します。そして、『それは本当ですか?』と自然に問うのが実験の役割なんですね。そのとき、単に質問を投げれば答えが返ってくるわけではありません。必要な返答を聞くためにはこういう風に問えばいいはずだと、緻密に考えて実験の方法を作り上げなければなりません。たくさん失敗しながらあれこれ繰り返していくことでようやく自然は答えてくれる。ときには、予想もしない答えが返ってくることがある。そんなとき、自然というのは奥が深くて、人間の考えなどは遠く及ばないのだと感じます。そこから物理学の新たな分野が開けていくのも、実験の面白いところですね」
民井准教授が現在データを取り続ける電気双極子応答も、もとはといえば、バックグラウンド(ノイズ)と思っていたものだったのだ。どうやって取り除こうかと頭を悩ましていたところ、じつはそちらの方に重要な情報が入っていたことに気がついたのだ。まさに、そうした自然の面白さを民井准教授は実感してきた。
民井准教授をはじめとする各国の研究者の実験によってこれからどんどん原子核のベールがはがされていくに違いない。自然がどんなあっと驚く答えを返してくるのか。何年か後には、いまは想像もしえない新たな世界が見えているのかもしれない。

 

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民井 淳(たみい あつし)
大阪大学核物理研究センター
准教授
1968年生まれ。1999年京都大学理学系研究科博士課程修了。東京大学大学院理学系研究科助手、大阪大学核物理研究センター助教授を経て、2007年より現職。

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大阪大学核物理研究センター

原子核物理学とその応用分野の最先端研究を担う研究センターとして1971年に設立された。本稿で紹介したサイクロトロン加速器施設(大学附置の加速器としては国内最大)やスペクトロメータ(グランドライデン/LAS)のほかに、ミュー粒子ビーム発生装置、レーザー電子光ビーム施設の大型実験施設や、理論研究のためのスーパーコンピュータも保有する。2010年には、共同利用・共同研究拠点に認定された。国内のみならず全世界の研究者との共同研究を通して、原子核物理学をリードする。

【取材・文:近藤 雄生 / 撮影:吉田 亮人】

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文部科学省日本学術会議国立大学共同利用・共同研究拠点協議会