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未踏の領野に挑む、知の開拓者たち vol.14
次世代のレーザ技術で、超高速通信を実現する
東京工業大学 精密工学研究所
フォトニクス集積システム研究センター 小山 二三夫 教授

現在のIT社会をインフラとして支える光通信網。その根幹技術である光ファイバーをはじめとするデバイスの多くは、日本人研究者の手によって生み出された。
小山教授が研究する次世代のレーザ技術も、通信に大きな革新をもたらす可能性を秘める。従来の100倍以上の通信速度、100分の1以下の体積と低消費電力を誇る「面発光レーザ」技術が可能にする未来について伺った。

暮らしを支える半導体レーザ技術

小山研究室では面発光レーザのさらなる性能向上に日夜取り組んでいる。

小山研究室では面発光レーザのさらなる性能向上に日夜取り組んでいる。

東京工業大学の精密工学研究所フォトニクス集積システム研究センターセンター長の小山二三夫教授が研究するのは、半導体レーザ技術を応用した光デバイスである。なかでも「面発光レーザ」と呼ばれる技術の可能性を追求している。

面発光レーザとはなにか。それを説明するには、まず「半導体レーザ」について解説する必要がある。
レーザ光を発生させる技術には、気体の放電発光現象を利用した「ガスレーザ」、ガラスなどの結晶体に強い光を当てることで発光させる「固体レーザ」などの方式があるが、半導体に電流を流し、内部の電子を励起させることでエネルギーを光子に変えて発光させるのが「半導体レーザ」だ。
発光の原理は、近年広く照明に使われるようになったLEDと同じだ。半導体レーザに特有なのは、半導体素子に2枚のあわせ鏡からなる「共振器」を取り付けることにある。この共振器によって生み出した光を繰り返し反射させ、レーザ発振の条件を満たす特定の波長を持ち、位相の揃った光を出力する仕組みだ。

半導体レーザの素子は1ミリ程度と非常に小さく、構造的にも堅牢で、安定したレーザ光を取り出すことができる。その特性を利用して、半導体レーザは、インターネット社会を支える光通信、DVDなどの光ディスク記録装置、レーザプリンタ、バーコード読取機、家庭用ゲーム機など、私たちの身の回りのさまざまなエレクトロニクス機器に実用化されている。

東工大発の「面発光レーザ」がもたらしたインパクト

その半導体レーザの技術に、非常に大きな革新をもたらしたのが、東京工業大学の前学長である伊賀健一東工大名誉教授が、1977年に発明した「面発光レーザ」である。

通常の「半導体レーザ」(左)と「面発光レーザ」(右)の光の出る方向の違い。赤い矢印の向きが、光が進む方向を示す。半導体レーザに比べ、面発光レーザは体積で100分の1〜1000分の1までに超小型化できる。光の出力方向が水平方向から、垂直方向に変わったことも、大規模アレイ化構造を可能にするなど大きなメリットをもたらした。

通常の「半導体レーザ」(左)と「面発光レーザ」(右)の光の出る方向の違い。赤い矢印の向きが、光が進む方向を示す。半導体レーザに比べ、面発光レーザは体積で100分の1〜1000分の1までに超小型化できる。光の出力方向が水平方向から、垂直方向に変わったことも、大規模アレイ化構造を可能にするなど大きなメリットをもたらした。

半導体レーザは、光を増幅する層と、基板面に対して垂直に取り付けられた光を反射する鏡とで構成される。通常の半導体レーザは、光が水平方向に共振するため、半導体の基板面と平行してレーザ光が発生する。
それに対して「面発光レーザ」では、光の共振方向を90度変え、半導体基板に対して垂直方向に共振させることにより、半導体表面からレーザ光を垂直に放射する。その結果、面発光レーザの超小型化に成功した。半導体レーザの長さが通常1ミリほどであるのに対して、面発光レーザは1ミリの100分の1以下の長さになり、体積でも100分の1から1000分の1へと小さくすることができた。

面発光レーザが並ぶ半導体素子。

面発光レーザが並ぶ半導体素子。

超小型化の利点は、素子の効率化に直結する。半導体レーザは電流を流すことでレーザ光を発生させるが、体積が小さくなればなるほど、同じ量の電流を流したときに電子の密度が増える。すなわちレーザ発振の効率が高まることになる。
また、半導体レーザの消費電力は体積に比例する。そのため、体積が100分の1以下になれば、消費電力もおよそ100分の1に下げられる。さらに、従来型では構造的に不可能だった、素子を平面上に並べる大規模な「アレイ構造」もつくれるようになり、素子の配列を高密度化させることに成功した。
これら3つの特徴により、わずかな電力で高効率のレーザ光を取り出せるようになったのである。

この面発光レーザ技術の実現により、伊賀博士は、工学分野の世界的学術賞であるフランクリン学術賞の最高賞「バウワー賞(科学部門)」を2013年に受賞した。面発光レーザの技術は、データセンターやスパコンで莫大な数が導入される光インターコネクト用光源、年間3億個以上生産されるレーザマウスや、ハイエンドのレーザプリンタ、オフィスや家庭内の情報処理端末をつなぐLAN(Local Area Network)など、すでにさまざまな機器で実用化されており、今後ますますその用途が広がっていくことが確実視されている。

素子の拡大像を写しだした画面。垂直方向にレーザ光が発光しているのが見える。

素子の拡大像を写しだした画面。垂直方向にレーザ光が発光しているのが見える。

世界のスパコン、データセンターの配線の中核に

小山二三夫教授は、長年にわたって伊賀氏とともに研究を進めてきた、「面発光レーザ」研究の第一人者だ。その小山教授がいま注力するのが、この技術の『光配線技術』への応用だ。
『光配線技術』とは、従来は電気信号でやりとりされていたコンピュータ内部の通信を、光信号に置き換える技術のことだ。超高速かつ低電力な、次世代の巨大データセンターやスーパーコンピュータを実現するカギを握る技術として期待され、将来的には面発光レーザへの需要をさらに拡大させると見込まれている。

小山二三夫教授。「大学で学んだことを、企業などの研究機関でそのまま使うことはあまりありません。しかし大学時代に工学の課題解決法をきちんと習得することで、新しい問題に出会ったときにそれを解決する力が身につくんです」と語る。

小山二三夫教授。「大学で学んだことを、企業などの研究機関でそのまま使うことはあまりありません。しかし大学時代に工学の課題解決法をきちんと習得することで、新しい問題に出会ったときにそれを解決する力が身につくのです」と語る。

光通信は、国際電話や都市のインターネット網など、数キロから数万キロの長距離・大容量通信ネットワークの主力を担っている。それに対し、スパコンやデータセンターを構成するコンピュータの間をつなぐ数メートルから数百メートルほどの短い距離の配線には、これまでほとんど銅製の電線が使われてきた。
しかし、情報技術の急激な発展にともない、データセンターが扱う伝送容量が莫大に増加し、数千から数万個にも及ぶサーバ同士を電線で配線することに限界が見えてきた。
一般的なデータセンターでは、毎秒10ギガビットを超えるデータが行き交っているとされる。これは、ハイビジョン画質の映画一本分のデータを数十秒ほどで送れてしまう膨大な通信量だ。さらに、最先端のスーパーコンピュータ・データセンターが毎秒扱うデータのトラフィック量は、一つのシステム全体で、2015年時点の全世界のインターネットトラフィック量とほぼ同じ、毎秒数百テラビット(テラはギガの1000倍)の規模となっている。
「それだけの量のデータを扱うためには膨大な電力が必要です。世界の通信量は5年間で約4倍という、加速度的なスピードで増え続けています。今後、全世界のデータセンターが消費する電力の合計は、約3千万キロワット、原発に換算して30基分にもなるだろうと予測されています。そのため、低消費電力、高効率の面発光レーザを使用した光配線技術をスーパーコンピュータやサーバに導入し、電力コストを削減すると同時に通信量の増加にも対応する技術が、世界中で求められるようになったのです」

研究室には中国から最先端のレーザ技術を学びに来た留学生もいる。

研究室には中国から最先端のレーザ技術を学びに来た留学生もいる。

光配線は電線に比べて圧倒的に大容量伝送が可能なため、この数年で世界のスーパーコンピュータ、データセンターの多くが、電気配線から光配線に置き換わりつつある。国内の著名なスーパーコンピュータである「地球シミュレータ」や「京」には電線が使われているが、IBMの「セコイア」や、東京工業大学が保有する「TSUBAME」には、一部光配線が導入された。今後、世界で開発されるスーパーコンピュータ・大規模サーバは、そのすべてがほぼ光配線で構成されると予想されている。
「一つのスーパーコンピュータ、大規模サーバ全体に使われる半導体レーザの数は現状で数十万個,将来は数億個規模の莫大な数になります。それだけに、世界に先駆けて技術を確立し、製品化をいち早く進めることが、日本がこの分野のシェアを握れるかどうかを左右します。私たちは現在、日本のメーカーとも連携して、この分野の技術開発を進めているところです」
小山教授は、このように展望を語る。

自動運転自動車のキーテクノロジー、医療分野への応用

面発光レーザの光を反射する特殊な鏡を製作する装置。

面発光レーザの光を反射する特殊な鏡を製作する装置。

 

中央の青い板は、面発光レーザの共振器となる鏡の素材。

中央の青い板は、面発光レーザの共振器となる鏡の素材。

面発光レーザ技術が狙う市場はそれだけではない。今後、大きな技術革新をもたらすと期待されているのが、「レーザ光を使った自動車の光センシング技術」への応用である。
近年、コンピュータが人間に代わって自動車を運転する「自動運転技術」の研究が、急速に進んでいる。国内外の主要な自動車メーカーに加えて、アメリカのグーグル社なども自動運転のモデルカーを製作し、公道をテスト走行する段階までこぎつけた。
その自動運転自動車の「キーテクノロジー」となるのが、他の自動車や障害物との距離を精密に計測し、運転を制御することで接触事故を防ぐ「センシング技術」である。

現在、一部の高級自動車に搭載されている衝突防止システムのセンサーは、赤外線やマイクロ波を使ったレーダーと、カメラによる映像解析を組み合わせている。レーザはマイクロ波やミリ波に比べ、離れたところにある小さな目標物でも検知することができるため、より精度の高い危険予測が可能となるはずだ。また、面発光レーザによるセンサーは、従来のものと比べて大幅に小型化できることも大きい。自動車のデザイン性を高めることにつながるからだ。
「自動運転車のセンサーは、一つの技術だけでなく、カメラや電波レーダーなど複数の『目』の組み合わせになると考えています。そのなかでも、将来的にはレーザを応用したセンサーが多数搭載される可能性は非常に高いと考えています」

この他にも面発光レーザの応用分野として期待が寄せられるのが「医療」への応用だ。
「『生体イメージング』と呼ばれる技術です。レーザの反射を使い、非常に細かい生体組織の3次元データをとる技術が、実用化の段階に入っています。眼底にある網膜の細胞にレーザを照射し、その状態を非常に高精細の3D画像データとして取得する技術はすでに実現しています。今後、病気や手術前の診断のために、レーザによる病理組織の解析が一般化していくはずです」

現状の10倍以上の通信速度を目指す

上に挙げた応用分野で、小山教授らの研究グループが現在とくに力を入れるのが、「通信速度の超高速化」である。現在のところ、一般的なデータセンターで行き交う毎秒10ギガビットというデータ量を送る技術がほぼ実用化されているが、小山教授らは、さらにそれを高速化する技術の確立を進めている。
「半導体レーザが送れる信号の最高速度は物理的な限界が決まっていますが、我々はその限界を打破するため、半導体の共振器を二つ結合させ、共振周波数を強めることに成功しました。それにより、10ギガヘルツが限界だった変調速度を50ギガヘルツ以上に増加させることができ、理論的には現行の数倍以上の速度のデジタル通信が可能となると見込んでいます。すでに実証実験レベルは世界最速の30ギガヘルツの速度による高速変調に成功しており、現在はJST(科学技術振興機構)の支援を受けながら、民間企業とともに高速デバイスの開発と実用化を進めているところです」

レーザ光により通信の大容量化を実現するため、小山教授はさらなる布石を打つ。すでに長距離の光ファイバー伝送網では広く使われている「波長分割多重方式」と呼ばれる方式を、面発光レーザを使った短距離伝送網へ応用する研究だ。

素子が発光するレーザ光の波形を見る小山教授と院生。

素子が発光するレーザ光の波形を見る小山教授と院生。

波長分割多重方式とは、一つの回線のなかで波長の異なる光信号を同時に発振することで、通信量を増大させる技術である。光信号は電気信号と違い、波長の異なる信号が干渉しないことから、一つの波長あたり毎秒10ギガビットの信号を送れる半導体レーザを10個並べれば、単純に10倍の毎秒100ギガビットの信号が送れる計算となる。
だが、この技術を短距離通信に応用するのはそう簡単なことではない。半導体レーザの波長は、温度が1℃変わるごとに、周波数換算で10ギガヘルツほど変動してしまう特性を持つ。そのため通常、半導体レーザ素子を使う機器では、電子冷却器で一定の温度を保つよう厳密にモニタリングする必要がある。
ここに、技術上の大きなチャンレンジがあったと小山教授は語る。
「私たちは、数百ミクロン程の極小のチップに、マイクロマシンと呼ばれる微小機械を載せ、波長を物理的に安定化させる機構の研究に取り組んでいます。熱による膨張率が違う材料を組み合わせたマイクロマシンにより、面発光レーザに搭載された共振器の鏡の位置を物理的に移動させ、レーザから出る光の周波数をそれにより連続的に変える技術が確立しつつあります。その結果、半導体素子が熱によって受ける影響を、従来の200分の1にまで減らすことが可能となりました。これにより通信の安定化と超高速化の双方が実現できる見込みが立ったところです」

社会を変える技術も「デバイスの開発」がもたらした

研究のやりがいについて、小山教授は次のように語る。
「工学分野の研究は、素材そのものの研究、それを応用したデバイスの研究、さらにデバイスを組み合わせたシステムの研究と三つの段階に分けることができます。三段階の真ん中にあるデバイスの研究は、素材とその応用、両方に目配せしながら開発を進めていかなければいけません。大変ではありますが、今まで存在しなかったまったく新しいデバイスを自らの手で作り上げ、さらにそれが人々に役立つ製品づくりに応用されるところまで直接的に関わることができることは、この研究の大きなやりがいと言えるでしょう」

iv_14ともに面発光レーザの性能向上に取り組む院生たち。研究者の道に進む人もいれば、民間企業へ就職を目指す人もいる。「工学の問題解決の手法はどの分野にも共通します。学生時代にそれをきちんと身につけてほしい」と小山教授は語る。

ともに面発光レーザの性能向上に取り組む院生たち。研究者の道に進む人もいれば、民間企業へ就職を目指す人もいる。「工学の問題解決の手法はどの分野にも共通します。学生時代にそれをきちんと身につけてほしい」と小山教授は語る。

現在の情報通信社会は、インターネットやそれを支える光通信があることが前提となっている。しかしインターネットや光通信のような巨大な社会の変化を生み出した技術も、研究の歴史をさかのぼってみると、それを可能にしたのは「ある一つの核になるデバイスが開発されたことに行きつく」小山教授は言う。
「たとえば光通信で言えば、非常に伝送損失の小さな光ファイバーが、日本人研究者の手によって開発されたことが、光通信が急速に普及する契機となりました。私たちが研究する新しいデバイスも、将来もしかしたら大きく人々の暮らしを変えるかもしれない。学生たちには、いつもそういう意識で研究に取り組むように伝えています」
小山教授らが取り組む最先端の「モノづくり」が、私たちの生活をより便利に豊かにしてくれる日は、きっとそう遠くない。

 

近年趣味としてマラソンを始めたという小山二三夫教授。100キロメートルの距離を走るウルトラマラソンの完走に挑戦している。

近年趣味としてマラソンを始めたという小山二三夫教授。100キロメートルの距離を走るウルトラマラソンの完走に挑戦している。

 

小山 二三夫(こやま ふみお)
東京工業大学 精密工学研究所 フォトニクス集積システム研究センター
教授
1957年東京生まれ。1980年東京工業大学工学部電気電子工学科卒業、85年同大学大学院理工学研究科・電子物理工学専攻博士課程修了。同年、東京工業大学精密工学研究所の助手に就任、1988年に精密工学研究所の助教授、2000年同研究所の教授に就任し、現在に至る。
市村学術賞(2004)、電子情報通信学会エレクトロニクスソサイエティ賞(2005)、 文部科学大臣表彰科学技術賞(2007)、IEEE/LEOS William Streifer Award(2008)、 Microoptics Award(2011)、応用物理学会光・電子集積技術業績賞(2012)、東京都功労者技術振興功労表彰(2015)など、受賞多数。

東京工業大学 精密工学研究所 フォトニクス集積システム研究センター

http://vcsel-www.pi.titech.ac.jp/index-j.html
精密工学研究所は、精密機械研究所と電気科学研究所が1954年に合併した研究組織で、東京工業大学附置研究所の一つ。「精密工学における学理の究明と応用」がミッションで、機械を作るための機械である工作機械の数値制御技術における我が国のルーツであることはよく知られる。機械工学、制御工学、電子工学、情報工学、材料工学といった広範な研究分野の教員から構成されていることが特徴。平成28年度から新たに未来産業技術研究所に組織改編。
フォトニクス集積システム研究センターは,平成22年度(2010年4月1日)に設立された。その前身であるマイクロシステム研究センター(Microsystem Research Center)は、文部科学省のCOE(中核的研究拠点)プログラム“超並列光エレクトロニクスプロジェクト(UPOP)”の成功を受け、2000年に設立。現在、次世代光ネットワーク実現のための、新しい技術や新しいコンセプトの創造を活発に行っている。

【取材・文:大越 裕/撮影:カケマコト】

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