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未踏の領野に挑む、知の開拓者たち vol.12
“ナノ粒子の仕立屋”が開拓する、テクノロジーの最先端
東北大学 多元物質科学研究所
所長 村松 淳司 教授

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人間の体内を駆け巡る「ナノマシン」、常識を超えた触媒反応、圧倒的な処理能力を誇る半導体――。
これら、未来の技術は1次元が100ナノメートルよりも小さな物質、「ナノマテリアル」によって可能になる。そんな最先端の「ナノテクノロジー」をリードするのが、ナノ粒子の“仕立屋”、多元物質科学研究所の村松淳司教授だ。

コーヒーの味は、分散が決める

「これは“中挽き”なので、だいたい、200ナノメートル位でしょうか」
村松淳司教授はそう言って、テーブルの上の、淹れられたばかりのコーヒーの入ったカップを覗き込んでいる。
そこにあるのは、見た目にはただ真っ黒な、何の変哲もないコーヒーだ。しかし、ずっと拡大して、ナノメートル(100万分の1ミリ)の単位で見てみると、様子は大きく変わる。
「コーヒーとはつまり、『コロイド』なのです。200ナノメートル位のコーヒーの粒子がお湯の中に均一に分散しているから、コーヒーは均一に黒く見えているのです。ではどうして均一に分散するのでしょう? コーヒーの粒子それぞれの周囲、物質の境界面である『界面』には『電場』というエネルギーがあります。同じ粒子同士には同じ電場があり、反発し合う。お湯の中でコーヒーの粒子は互いに反発しているから、均一に分散し、一様に黒く見えるのです」
コロイドとは、微粒子が、液体、気体、固体などの中に均一に分散している状態を指す。「さらにコーヒーを分散の観点から美味しくしてやろうとするとね」コーヒーカップの上で、さらに村松教授は話を続ける。コーヒーはより良く分散していた方が美味しいのだという。

「物質には『等電点』というものがあります。これは電場がゼロになるポイントで、等電点に達した粒子同士は反発しなくなります。すると『分子間力』が働くことで互いにくっつき、分散せずに『凝集』します。豆乳を豆腐にするのもこの特性を利用しています。よって、粒子を分散させたければ、等電点からできるだけ離れていた方がいい。コーヒーで言えば美味しくなるわけです。等電点は小学校のころにリトマス試験紙を使って習った『pH』で表すことができますが、コーヒー粒子の等電点はpH3くらいです。よって、それよりもやや高め、pH8くらいの水で淹れてやるとコーヒーの粒子は非常によく分散し、美味しくなります。家庭では、重曹などを少し入れてやればいいんです」
そう言って村松教授はコーヒーを口に運ぶ。コーヒーもナノマテリアル。ナノ粒子の観点から、その美味しさも説明できるのだ。

有機合成、無機化学、プロセス工学に分かれた実験室を行き来しながら、学生たちはそれぞれの研究を行っている。

有機合成、無機化学、プロセス工学に分かれた実験室を行き来しながら、学生たちはそれぞれの研究を行っている。

私の研究は、ナノ粒子の“仕立屋”です

図1.高結晶性ITOナノ粒子の単粒子層配列
ITOは、ガラス基板への付着力が強く、加工もしやすいため、電子ペーパーなどの様々なデバイスの透明導電膜として活用されている。

村松教授は自らの研究をナノ粒子の“仕立屋”と表現する。求められる性能、特性に最適な、まったく新しいナノ粒子をオーダーメードでつくりだすことがその仕事だ。そんな村松教授の大きな仕事のひとつに、「透明導電膜」の基礎技術がある。
「透明だけれども電気を通す。そういう素材をつくるカギを握るのが、『酸化インジウムスズ(Indium Tin Oxide:ITO)』と呼ばれる導電性の物質です。それを光の波長よりも小さな15ナノメートルほどのナノ粒子にして、インクのように塗布すると、光の波長よりも小さな粒子が分散しているため、光の散乱による影響を受けない、電気が流れる透明な“膜”をつくることができます。これがスマートフォンの液晶ディスプレイなどに使われる透明な電極をつくるための透明導電膜です。なお、ITOのナノ粒子のことを『単分散ITOナノ粒子』、それをインク状にしたものを『ITOナノインク』といいます」
液晶ディスプレイは真横から見ると、液晶の層を、透明導電膜による電極の層で挟んだサンドイッチ構造になっている。この電極から液晶に電圧をかけることで光の通り方を変え、様々な映像を映し出しているのである。
ITOナノ粒子は、ナノレベルの小さな粒子で、世界に数多くある液晶ディスプレイを支えているのだ。

図2. ピーナツ型酸化鉄微粒子 濃厚ゲルからの液相法(液体の状態から粒子を合成する方法)により、サイズと形態を精密に制御し、合成された単分散粒子(サイズなどが均一な粒子群)。この粒子の仲間は最先端磁性材料(ハードディスクなど)として活用されている。

図2. ピーナツ型酸化鉄微粒子
濃厚ゲルからの液相法(液体の状態から粒子を合成する方法)により、サイズと形態を精密に制御し、合成された単分散粒子(サイズなどが均一な粒子群)。この粒子の仲間は最先端磁性材料(ハードディスクなど)として活用されている。

「このITOナノインクを使えば、将来的には見た目はただの透明なガラスを、太陽電池にする技術を生み出すことも可能です。自動車に応用すれば窓ガラスすべてを太陽電池化し、太陽光を浴びてどこまでも走ることができる電気自動車をつくることも夢ではありません」

さらに言えば、世界中の家の窓にあるガラスを、そのまま太陽電池として利用することも夢ではない。そうなれば、世界のエネルギー問題も解決へ向かうはずだ。まさに世界を動かす大仕事だ。
「もっとも、全ての太陽光を透過してしまっては発電できないので、人間の目にとって必要な可視光だけを透過し、他の光が発電に使われることが必要です。今は不可能と考えられている技術をナノ粒子で実現すること、それが私たちに期待されている仕事なのです」

透明導電膜の塗布作業。この厚さ約100ナノメートルの薄膜を作成する技術が、世界中の液晶ディスプレイで使われている。

透明導電膜の塗布作業。この厚さ約100ナノメートルの薄膜を作成する技術が、世界中の液晶ディスプレイで使われている。

現代社会を支えるハイブリッドナノ材料

村松教授は、コーヒー、豆腐、ビールに温泉といった身の回りにあるものをナノ粒子で説明し、研究の面白さを学生に伝える。目に見えない世界の不思議が、ぐっと身近になった瞬間、学生の顔には笑顔が溢れる。

村松教授は、コーヒー、豆腐、ビールに温泉といった身の回りにあるものをナノ粒子で説明し、研究の面白さを学生に伝える。目に見えない世界の不思議が、ぐっと身近になった瞬間、学生の顔には笑顔が溢れる。

有機物と無機物を組み合わせた「ハイブリッドナノ材料」の開発も、村松教授の研究のひとつだ。材料の長所を活かし、短所を補うことで、理想の材料を生み出すのが狙いだ。その中でも特に力を入れているのは、さまざまな排熱に利用される「熱伝導材料」の開発だという。
現代社会におけるさまざまな電子機器は、常に熱との戦いを余儀なくされている。電子機器の心臓部である半導体部品は、動作中に熱を放出するが、周囲の温度が高くなると、部品そのものが壊れやすくなる。電子機器を設計・製造するうえで、排熱は大きな課題だ。
例えば、身近にある薄型ノートパソコン。それを可能にしたのは、プロセッサーやストレージの小型化はもちろん、排熱の高効率化だ。さらに、最先端の科学を切り拓くスーパーコンピュータや、大規模な通信や各種ITサービスを提供するデータセンターでは、放出される莫大な熱を逃がすため、空調を24時間365日フル稼働させている。

機器の小型化や運用時の空調コスト削減のため、熱を外部へ逃がしやすい「熱伝導材料」の導入が期待されている。だが、そこに技術的なハードルがあると村松教授は指摘する。
「非常に精細な電気のやりとりを行う電子機器で、半導体部品の周辺に電気を通しやすい材料を置くと、動作が不安定になってしまいます。問題は、多くの熱伝導材料が、電気を通しやすい性質を持つことです。そこで私たちは、電気は通さずに熱だけを通すような“都合のいい材料”を、ハイブリッドナノ材料でつくってしまおうと考えました。まず電気を通さない絶縁体材料として目をつけたのが、『ジルコニア』です。無機物の絶縁体であるジルコニアを熱伝導性ナノ粒子に加工し、有機物の高分子材料中に分散させて膜状に成形すると、電気を通さず熱だけを通すフィルム状のハイブリッドナノ材料になります。今、その開発に取り組んでいます」
フィルム状のこの素材は、電子部品に直接巻きつけて熱を奪うことができ、用途の幅が広いのも大きな長所だ。

『ドラえもん』の世界を夢見て

村松教授曰く、電子顕微鏡は「覗き屋の最高峰」。原子・分子レベルでナノマテリアルの神秘に触れる。

極小の世界の奇跡をこの目で覗き、そして自分の手で変えてみたい――。その思いを原動力に、村松教授は最先端の材料をナノテクノロジーで次々に開発してゆく。電子顕微鏡で原子が規則正しく並び、結晶構造をとっているのを見ると「どうやって変えてやろうか」と心が踊るという。
「電子顕微鏡は“覗き屋”の最高峰ですから(笑)、四角形の粒子、丸型粒子、ピーナッツ型の粒子と、自分のつくったさまざまな形の粒子が電子顕微鏡で見えてくると、それだけで嬉しくなります。けれども、ひとりで喜んでいるだけでは社会のためになりません。まず、そうしたさまざまな粒子をつくるプロセスをデータベース化し、『こんな特性を持った粒子はつくれますか?』と企業や共同研究者に聞かれたときに、すぐに答えられるようにしておきます。そのうえで、そうしたプロセスを組み合わせ、社会に向けて新たな機能性材料を提案し、現在の学問領域を切り拓いてきました」

村松教授が所長を務める東北大学多元物質科学研究所は、高度に特化した専門領域を持つ職人たちが数多く在籍する、いわばナノ粒子の“工房”だ。研究所内で共同研究を行うことによって、企業などからのさまざまな“オーダー”に応じる。
「デバイス、プロセス、評価、バイオ、有機合成、無機合成など多元物質科学研究所には、高度な専門家チームがたくさんあります。他の研究所や組織と協働しなくても、だいたいのことが片付く。それがこの研究所のいいところですね」

そんな村松教授らが今、もっとも夢中になっているのは『ドラえもん』の世界の実現だという。
「例えばドラえもんは、紙のポスターのように丸められるディスプレイを道具として持っています。ポケットから丸まった状態のディスプレイを取り出し、壁に貼り付けてスイッチを入れると、たちまち映像が映し出される。あの技術も、もはや不可能ではありません。実現に必要なのは、曲げられる透明導電膜です。それを実現するには、曲げても元に戻る方法で、ITOナノインクを薄い膜に塗ればよく、技術としてはすでに存在しています。もっとも、今はまだハンカチ1枚の大きさのものをつくるだけで1億円もかかってしまいますが、かつてはトヨタの燃料電池自動車も何億円もしていました。それが今は500万円ぐらいで、誰にでも手が届く。きっと僕の見ている夢も、近い未来に現実になることなのです」
空を予定どおりの時間で航行する飛行機、いつでもどこでも、世界中の誰とでも会話することができるスマートフォン、電気の力で走る自動車……。私たちの目の前にある日常は、どれもかつて人類の夢だったものばかりだ。
そんな夢をナノ粒子の科学で支える。村松教授の仕事は、実に“未来の仕立屋”でもあるのだ。

「未来のパソコンのキーボードは、まっ平らでいて、キーの“打ちごたえ”はあるものが求められ得る。そうした技術を可能にするためには、僕ら“材料屋”が頑張らないといけないんです」と村松教授は話す。未来のITの“便利”は、ナノスケールの材料が支えているのだ。

 

村松 淳司(むらまつ あつし)
東北大学 多元物質科学研究所
所長
1983年東京大学工学部合成化学科卒業、1985年同大学大学院工学系研究科(化学エネルギー工学専攻)修士課程修了。1988年に同研究科博士課程修了後(博士論文「モリブデン触媒による一酸化炭素の水素化反応」)、東北大学選鉱製錬研究所(後の素材工学研究所、現・多元物質科学研究所)に助手として着任。同大学素材工学研究所講師(1993年)、助教授(1995年)を経て、2001年より同大学多元物質科学研究所教授に就任。2015年4月より同研究所の所長も務める。

東北大学多元物質科学研究所

http://www2.tagen.tohoku.ac.jp/
2001(平成13)年4月、東北大学素材工学研究所、同大学科学計測研究所、同大学反応化学研究所の3つの研究所が統合して本研究所が発足。素材工学研究所の前身は1941(昭和16)年3月に設置された選鉱製錬研究所、科学計測研究所の設立は1943年1月、反応化学研究所の前身は1944年1月に発足した非水溶液化学研究所と、いずれも戦前からの歴史を有する。
本研究所は設立目的として、「多元的な物質に関する学理およびその応用の研究」を掲げた。異分野融合研究を積極的に進め、物質・材料分野の既成概念を一変させるような新たな物質科学技術、すなわち「多元物質科学の研究」に取り組む。主な研究分野は、有機・生命科学研究、無機材料研究、プロセスシステム工学研究、計測研究、ナノ流体エンジニアリング研究、サステナブル理工学研究、先端計測開発、高分子・ハイブリッド材料研究、新機能無機物質探索研究など。この分野のパイオニアかつ国際研究拠点となるべく、20を越える海外の研究機関との協定に基づいた国際共同研究も実施する。

【取材・文:森旭彦 / 撮影:原淵將嘉・梅原祐一】

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