宇宙のかなたから地球に飛来する宇宙線は、原子炉で起こすウラン核分裂により得られる核エネルギー程度から1 兆倍という非常に高いエネルギーを持っています。このエネルギーの中でも、比較的エネルギーの低い宇宙線は、私たちの銀河系の中の超新星爆発(重たい星が死を迎える時に起こす爆発)などに起源すると考えられていますが、銀河系外からやってくる超高エネルギーの宇宙線がいったい宇宙のどこでどのように生成されているのかという謎には、未だてがかりがありません。
宇宙線起源の解明に大きな障壁となっているのは、宇宙線の到来方向から生成源の方角が割り出せないことにあります。電荷を持つ宇宙線は、銀河系内の磁場によって進路を曲げられてしまい、地球に飛び込む方向は、元の生成源の方向とは関連がなくなってしまうのです。しかし、宇宙線起源を探る方法はあります。一つは、磁場にあまり影響を受けない非常にエネルギーの高い宇宙線、最高エネルギー宇宙線をとらえること、もう一つは、宇宙線が高エネルギーに加速される時に出すガンマ線をとらえることです。これらは生成源から直進してくるため、観測できればどのような天体現象で作られているのかをとらえることができると考えられていますが、このうち高エネルギー宇宙線は年間を通しても非常に稀で、観測には高い検出技術と広大な施設が必要となります。
このような課題に挑戦してきた宇宙線研究は、今まさに大きな転換期を迎えようとしています。2014 年、最高エネルギー宇宙線観測実験「テレスコープアレイ」は、史上初めて宇宙線が過剰に到来する方向(ホットスポット)を捉え、宇宙線天文学時代への道を切り拓きました(図1)。また、近年の超高エネルギーガンマ線観測で、想像をはるかに超えるダイナミックで激しく活動する宇宙の姿が明らかになってきています。いままでに見つかっている超高エネルギーガンマ線源は150 ほどですが、1,000 以上のガンマ線天体の発見を目指す超高エネルギーガンマ線望遠鏡「チェレンコフ望遠鏡アレイ(CTA)」計画が世界中の研究者の協力のもとで現在進行中です。このような「多粒子天文学」により、巨大ブラックホールやガンマ線バースト、パルサーなど、謎に包まれた宇宙の超高エネルギー現象の機構解明も間近に迫っているのかもしれません。
ニュートリノは電荷を持たず通常の物質となかなか作用しないため、高密度の天体をも軽々とすり抜け、ほぼ光速で飛び去ってしまいますが、実は、宇宙の始まり、太陽や地球の中などで大量に生成され、宇宙の中でも光の次に豊富に存在している素粒子でもあります。
ニュートリノ検出装置「スーパーカミオカンデ」は、通常の物質とニュートリノがごく稀に起こす反応を検出することで、太陽の中や地球大気中で宇宙線によって作られたニュートリノ、加速器で人工的に作られたニュートリノビームを観測し、さまざまな歴史的発見を打ち出してきました。
特にこれから注目すべきニュートリノの研究を、大きく2つご紹介しましょう。1つ目は、素粒子としてのニュートリノの研究です。素粒子どうしの相互作用を記述した「標準モデル」は、さまざまな加速器実験などで検証され非常によく確立された理論であるにもかかわらず、暗黒物質や反物質の量など、宇宙に多く残る謎を説明できません。このため、標準モデルを超える「新しい物理」が希求されています。この中でも特にニュートリノは、スーパーカミオカンデによる「ニュートリノ振動」と呼ばれる現象の発見から、標準モデルの枠組みを超える素粒子であることが示唆されており、今後その性質を特定していくことで、新しい物理への道が拓かれると期待されています。
2つ目は、超新星爆発で作られたニュートリノを捉えることです。周囲の物質に遮られることなく発生源から直進してくるニュートリノを捉えることができれば、光では物質に遮られて届かない天体深部の情報を得ることができます。スーパーカミオカンデの前身カミオカンデは、1987 年に起こった超新星爆発からのニュートリノを11 事象捉えるという歴史的な快挙を成し遂げました。スーパーカミオカンデであれば、1 万事象ほど捉えることができるとされています。また、過去に起こった超新星爆発からのニュートリノをつかまえるため、近い将来に装置に改造を施す計画もあり、実現すれば超新星爆発の機構解明が飛躍的に進展することでしょう。
現在、スーパーカミオカンデがある池の山の地下では、「KAGRA(かぐら)」という大型重力波望遠鏡の建設が進められています。1本3 キロメートルのアームを2 本持った巨大レーザー干渉計で、地球と太陽間の距離が水素原子1個分の大きさ程度変化するという微細な変動をも捉える、超高精密度のものさしです。その目的は、宇宙から到来する重力波の史上初の観測で、2017 年度内の本格稼働を目指しています。
重力波とは、空間の距離の伸び縮みが波として伝搬する現象で、中性子星などの非常に重たい天体が互いを周回する連星や、超新星爆発、ブラックホールの誕生など、重力場の変化により発生します。アインシュタインの一般相対性理論が予言する現象のうち、唯一まだ直接検証の実現していない現象で、この「アインシュタインの最後の宿題」を果たすことで、一般相対性理論の検証のみならず、電磁波や素粒子など他のメッセンジャーでは観測不可能な、まったく新たな天体や宇宙の情報をも得られることでしょう。KAGRA では、年間10 事象程度の中性子連星合体が捉えられると期待されており、まさに、「重力波天文学」の幕が開けようとしています。
ここでは、多様なメッセンジャーの観測を通して宇宙にアプローチするという観点から、宇宙線研究所で行われている代表的な研究の一部をご紹介しました。この他にも、暗黒物質の直接探査実験や、高エネルギー宇宙現象の解明、初期宇宙や進化の解明、素粒子理論・宇宙論構築などの理論研究といった、新たな宇宙の姿をあらわにしていく研究が多角的に行われています。今後の宇宙線研究へご期待ください。
更に知りたい方は、東京大学宇宙線研究所のホームページ:
http://www.icrr.u-tokyo.ac.jp/
から、各研究プロジェクト紹介のホームページなどをご参照ください。