太陽は、誕生してからすでに50億年もの間燃え続け、莫大なエネルギーを出し続けている。しかも燃え尽きるまではさらにあと50億年ほどかかるとされる。そんなとてつもない量のエネルギーをいったいどうやって生み出しているのか。その方法が「核融合」である。
核融合を地球上で起こして利用することができれば――。それは、数十年前まではほとんどSF世界の話だった。そしていまなお実現には至っていない。
しかし、世界各国での長年の研究により、ようやくその実現の糸口が見えつつある。日本でその研究を、「レーザー核融合」という方式でリードするのが大阪大学レーザーエネルギー学研究センターだ。
いま、核融合はいったいどのような状況にあるのか。同センターのレーザー核融合研究を統括する藤岡慎介教授に、お話を伺った。
核融合反応とは、簡単にいえば、水素をヘリウムに変換する反応である。陽子を1つもつ水素を2つくっつけて、陽子2つのヘリウムを1つ作る。その際に莫大なエネルギーが放出されるのである。
その様子は下の図のようになる。
反応に必要となるのは、水素といっても、陽子1つと中性子1つを持つ「重水素」と、陽子1つに中性子を2つもつ「三重水素」だ。重さはそれぞれ、普通の水素(陽子1つ、中性子なし)の2倍と3倍となる。この2つを超高温状態で反応させると陽子同士がくっついて陽子2つと中性子2つのヘリウムになり、同時に、余った1つの中性子が放出されるのだ。こうして発生したヘリウムと中性子の質量の和は、反応前の重水素と三重水素の質量の和より少なくなる。その差の分がエネルギーとして放出されるのである。
「取り出せるエネルギーは原子力と同様に莫大なものですが、核融合では、原子力のような長寿命の放射性廃棄物は発生しません。また原理的に、原子力のように暴走する可能性がないため安全対策も比較的容易です。燃料となる重水素と三重水素についても、重水素は海水中に大量にあり、三重水素はリチウムから作り出せるので、当面枯渇の心配はないといっていいでしょう」と藤岡教授は言う。それゆえ、核融合は「究極のエネルギー」と呼ばれる。
しかし、実際にこの核融合反応を起こしてエネルギーを取り出すことにはいまだ誰も成功していない。反応を起こす、すなわち「点火」させるためには、燃料となる重水素と三重水素を5000万度という超高温にまで加熱しなければならないが、それが難しいのだ。
核融合の方法は主に、「磁場核融合」と「レーザー核融合(慣性核融合)」にわけられる。そのうちアメリカ、フランスなどで超大型施設が完成し、目覚しい成果が期待されているのが後者のレーザー核融合である。大阪大学レーザーエネルギー学研究センター(以下、大阪大学)は、1983年に作られた世界有数の大型レーザーを用いて長年その研究を行ってきた。
レーザー核融合の方法は、重水素と三重水素からなる燃料を、強いレーザーを照射することで圧縮し、高密度・高温度のプラズマになった状態で点火を促すというものである。ちなみにプラズマとは、固体・液体・気体に続く物質の状態で、気体中の電子が分離した状態のことを指す。きわめてエネルギーが高く、雷やオーロラは、このプラズマの状態にある。
レーザー核融合は、燃料の圧縮の方法によってさらに「直接照射」型と「間接照射」型にわけられる。
燃料はもともと小さな球状になっていて、それに四方八方からレーザーを当てて丸い状態のまま圧縮しながら高密度にしていくが、このとき燃料に直接レーザーを当てるのが「直接照射」だ。一方、燃料を金属の外枠に入れ、その外枠にレーザーを照射し、発生するX線によって燃料をつぶす方法が「間接照射」である。
大阪大学のレーザー核融合は、「直接照射」の方法を採っている。
「直接照射の強みは、間接照射に比べてエネルギー損失が少ないことです。しかしその反面、レーザーを燃料に直接当てると圧力にムラが生じ、燃料はきれいな球状にはつぶれません。そして、球状につぶれないと温度が十分に上がらない。ここが直接照射の弱みです」
燃料は、レーザーで圧縮されると密度が上がるとともに温度も上がる。ただ、圧縮の過程で十分に温度を上げるためにはかなり厳密な球の状態で圧縮しなければならない。しかしレーザーには明るさや強度にムラがあるため、直接燃料に照射すると、燃料はきれいな球状にはつぶれてくれない。それゆえ温度も十分に上がらないのだ。
直接照射のその問題を補うために、大阪大学は「高速点火」という新しい点火方式を採用している。燃料は、圧縮されるとき、数ナノ秒(数億分の1秒)という短い時間で高密度になるが、わずか100ピコ秒(100億分の1秒)後に消えてしまう。その最も高密度になった一瞬の間に別のレーザーを当てて一気に温めるのがこの高速点火方式だ。圧縮の過程で十分に温度が上がらないならば、別のレーザーを使って外から強制的に温めて点火に導こうというわけである。
大阪大学は、「激光XII号」と「LFEX」という世界有数の大規模なレーザーを所有している。激光XII号で直接照射によって燃料を圧縮し、最も高密度になった瞬間にLFEXで一気に加熱する。そうして、目標とする5000万度達成を目指しているのだ。
一方、レーザー核融合の研究で世界をリードするアメリカのローレンス・リバモア国立研究所のNIF(国立点火施設)と、フランス原子力庁のLMJ(Laser Mega Joule)は、ともに間接照射を採用している。X線を用いる間接照射の場合、燃料にレーザーを直接当てない分効率は悪いが、X線は強度のムラが発生しないので、燃料を比較的均一な圧力で圧縮できる。そのため1つのレーザーで燃料を十分に加熱できるのだ。
しかしなぜ、この両研究所と大阪大学では方法が異なるのだろうか。
「それは、両研究所がともに水爆の維持管理を目的としてレーザー核融合の研究を始めたためです。水爆は核融合を利用して爆発を起こしますが、これが間接照射で行われているのです。純粋にエネルギー開発として核融合を研究するのであれば、エネルギー損失の多い間接照射にこだわる必要はありません。そのため核融合を研究する大学では、技術的には少しハードルが高いけれど、実現すれば効率がいい直接照射に研究を集中させています」
実現の見通しは現在どこまで立っているのだろうか。じつはアメリカのNIFでは、すでに必要な技術は整い、点火は時間の問題と考えられていた。綿密な計画のもと、3年ほど前の段階で成功しているはずだったという。
しかし、実際にはまだ点火に至っていない。
「資料と発表を見る限り確実に成功すると思っていたので、うまくいっていないことは、私たちにとってもショックでした。彼らが成功していれば自分たちももうすぐと思えるのですが、それができていないとなると、自分たちもなかなか、何年後に目標を達成できますと言いづらくなってしまったのが現状です」
藤岡教授のグループは現在、5000万度達成に向けて、残るいくつかの問題の解決に取り組んでいるところだ。
主な問題は、圧縮後の高速点火の時にある。
このときLFEXレーザーは、高温の中でプラズマ化した電子に当たり、その電子が衝突することで燃料が加熱されるのであるが、ここで問題が生じている。電子がレーザーによってほぼ光速まで加速されてしまい、速すぎて燃料に衝突せずに透過してしまうのだ。
これを解決するためには電子の加速を適度なところまで下げなければならない。調べると、本来、LFEXレーザーは1ピコ秒という極短時間の一瞬だけ照射されなければならないのに、その前後に弱いレーザーが出ていて、それによって電子が余計に加速されてしまっていることがわかってきた。その問題の改善にここ3年ほど取り組んできて、だいぶ解決が見えてきている。
もう一つの問題は、加速された電子がまっすぐに飛ばず、一部が燃料に当たらずに脇に逸れてしまうことである。これは磁場を使うことによって解決できそうであることがわかってきた。電子が伝播する方向に水平に磁場を張ると、電子がそこから出られず磁場に平行に直進してくれるからだ。
「磁場の方もシミュレーション及び予備実験ではいい結果が出ています。いまはそれを統合的な実験によって実証しようとしているところです。この2つの工夫によって、5000万度の達成を目指しています」
ただし、大阪大学のレーザーは、激光XII号とLFEXの二つをあわせても合計で20kJのエネルギー出力しかなく、実際に核融合点火を起こすのに十分ではない(実際に核融合点火を実現するには、200kJ以上が必要であると見積られている)。そのため、藤岡教授らの目標が達成されてもすぐに核融合が起こせるというわけではない。だが、達成されればいよいよ日本でも、レーザー核融合実現のための基礎が整ったことになる。
社会で利用できるのは何十年後になるかはわからない。しかし確実に「究極のエネルギー」は私たちの手元に近づいているのだ。
藤岡教授がエネルギー問題に興味を持ったのは、小学校時代にまでさかのぼる。きっかけはチェルノブイリ原発の事故だったという。
「あの事故が起きたとき、私は小学4年生でした。兵庫県の尼崎市に住んでいたのですが、事故のあと『黒い雨が降る』と学校中で噂になって、みなでトレーナーを頭にかぶって帰ったことが印象に残っています」
加えて当時、酸性雨の話もよく聞いていた。つまり、化石燃料を燃やしたら酸性雨が降って環境破壊が起こる。しかしCO2を出さない原子力発電は、チェルノブイリのような事故が起きれば大惨事となる。こうしたことを考えるうちに、社会には矛盾があるんだということを実感するようになり、それを発端にエネルギー問題に関心を持つようになったという。
そしてその後、中学時代に、人生を変える出来事があった。それが「常温核融合」との出合いである。
「核融合は、実現すればすごいけれどとても難しい。そう当たり前のように信じていたところ、常温で核融合反応を起こすことができたというニュースを聞いたのです」
アメリカとイギリスの研究者によるその発表は世界中に衝撃を与え、藤岡少年も強く興味を引かれることになる。その興味はその後も衰えず、常温核融合を研究しようと大阪大学に入学した。しかし入学した直後に、常温核融合は本当ではないらしいことを確信するに至ったのである。怪しいという話はそれまでにも少しは耳にしていたものの、ある本を読んで、もはやそう納得せざるを得なくなった。そして、自分は何を研究すればいいのだろうと途方にくれているときに、レーザー核融合研究センター(現・レーザーエネルギー学研究センター)の存在を知り、本物の核融合と出合ったのだ。
誤って信じた「幻の核融合」が、現実の核融合の研究へと藤岡教授を導いたというなんとも興味深い話である。
「妙な経緯ですが、その後この分野への興味はずっと一貫しています。他の分野への応用の可能性も広く、とてもやりがいを感じます。また、レーザー核融合の研究をしたいといってやってくる学生も多いんです。そういう学生と一緒に研究をすると自分もとても刺激を受けますし、やはりうれしいですよね」
最後に、藤岡教授がこれから目指す研究者像について聞いてみた。
「最近、研究は競争が激しい時代になっています。もちろん競争は必要ですが、いまはそれが過剰なせいで研究者の縄張り意識があまりに強くなり、グループ間で敵対したり、意思疎通ができなくなったりしているような風潮を感じます。それは決していいことだとは思いません」
競争をしつつも、もっといい意味で協力もし合える建設的な研究の仕方はないのだろうか。解はまだ見えないが、藤岡教授は今後そうした環境を作っていくためにはどうすればいいのかについて、よく思いを巡らせるという。
「おそらく大切なのは、上に立って研究を評価する先生の見識です。この研究が意味あるものかどうかということは、多数決ではなく、それを判断する力のある研究者が自らの見識に基づいて決めていくべきです。それは責任の重いことですが、勇気を持ってそういう決断をする人物が必要です。責任者を明らかにした上での判断ならば、現在の私の研究が閉ざされたとしても、それを受け入れるように私は努めます。私自身、見識と責任をもって判断できる研究者になることが将来の願いです」
社会を一変させる力を持つのが科学である。中でも核融合は、その筆頭とも言えるものだ。そうした研究をリードする研究者としての自覚と責任が藤岡教授のこの言葉に詰まっているように感じた。
核融合のある社会は、もうそこまで迫っている。
※写真はセンター提供
世界有数の規模を誇るレーザー、激光XII号とLFEXを所有し、レーザーを使った各研究で日本をリードする。レーザー核融合はもちろんのこと、高強度レーザーシステムの開発、レーザープラズマを利用した宇宙物理研究、レーザー技術を利用したテラヘルツ帯の光源・検出器開発など、扱う分野は幅広い。共同利用・共同研究拠点として他の研究機関との共同研究も積極的に行っている。
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【取材・文:近藤雄生/撮影:吉田亮人】